AgeTech起業家に求められる新たな視点「ケア」から「レクリエーション」へ

高齢者の活動が活発化し、「アクティブ・シニア」という言葉も浸透している。そんな中、今後シニア向け市場では、ケアよりも「レクリエーション」を提供するサービスやプロダクトが中心になると見られている。今回は、有名投資家やヘルスケア専門家の意見も交え、高齢者のレクリエーションにフォーカスする、注目株の「AgeTech」企業を紹介する。

「AgeTech」ビジネス面での大きな可能性

日本でもサービス利用者の多いウェブサイト構築プラットフォーム「Wix」。そのWixの会長を務めるマーク・トルシュチ氏は、敏腕ベンチャーキャピタリストとしても知られる人物だ。彼はWixだけでなく、Skypeがまだ初期の段階でいち早く投資した経歴を持つ。

そんなトルシュチ氏が今注目しているのが「AgeTech」だ。AgeTechは、ヨーロッパだけでも3.7兆ユーロと見込まれ「シルバー経済」において重要な地位を占める。

高齢化にともなう市場拡大、そしてテクノロジーを活用したプロダクトとサービスが拡大するという見込みから、自身が設立したMangrove Capitalを通じて、トルシュチ氏は関連投資を拡大しているようだ。ちなみにこれまでMangrove Capitalは、10億ドルものアーリーステージの企業への投資をすでに行っている。

一方、AgeTech分野では現在、多くのスタートアップが誕生しているものの、典型的な高齢者をイメージしたプロダクトやサービスが多く、その意識を変える必要があるとトルシュチ氏は指摘する。

同氏曰く、「65歳以上の人はテクノロジーにエンターテインメントを求めていない」「高齢者はケアを前提としたサービスやプロダクトを求めている」といったものは古いイメージであるということ。これからは、高齢者が自主的に「やってみたい」と求めるプラットフォームやエンターテインメントが必要であり、儲けられるビジネスもそこに隠れていると考察している。

イスラエルのMediterranean Towers Venturesの共同経営者、ドヴ・シュガーマン氏も、「60歳以上の人はテック恐怖症であるか、またはケアを必要としているという概念が一般化されている。しかし、よりよいアプローチは、認知的・身体的能力および経済的地位に沿って、高齢者の人口統計をセグメント化することだ」と指摘する。

市場の面でも、退職後のシニアは自由に使える資金が多いだけでなく、その数も世界的に増加している。国連の推測では、世界で80歳以上の人口は2050年までに現在の3倍になるとされており、さらに2100年には2017年の約7倍に達すると予測されている。

シルバー経済に着目するヨーロッパの動き

こうしたAgeTechのビジネス的な可能性と市場拡大の背景を受け、ヨーロッパではAgeTechに焦点を当てた企業が次々と生まれている。それは民間だけでなく、地域の高齢者人口が急速に増加していることを背景に、政府自体もこのセクターに多く参画してている。

例えば、以前の記事でも紹介したシニア向け市場におけるイノベーターネットワークである「Aging2.0」。これは主にスペイン、イタリア、英国、ベルギー、オランダ、イスラエル、フィンランド、フランス、チェコのスタートアップ起業家が主導しており、ヨーロッパ全土に14の支部がある組織となっている。

フランスのAging2.0コミュニティは、ガブリエル・モンテイロ氏が運営している。彼は、ソーシャルおよびヘルスケアの専門家がイノベーターに会うための「スタディツアー」を実施する企業で働き、技術分野でのパートナーシップを促進している人物だ。

同氏によると、フランス政府は2013年、シルバーエコノミーロードマップと呼ばれる計画を立案。シルバー経済の機会を活用すべく、シルバーテック・イノベーションのための非営利組織「Sliver Valley」を設立した。それ以来、フランスはシルバーテック起業家にとって肥沃な土壌であるという。

 「私たちは、社会的イノベーションと経済的イノベーションを結びつける運動に、実際に関与し得る政治力を持っています。 シルバーエコノミーはフランスにとって、新しい専門分野になるでしょう。政府もそれについても同意です」(モンテイロ氏)。官民協力体制でこのセクターに取り組んでいる。

フランスのAgeTech最新事例

ではそうしたフランスの戦略で実際に成長したスタートアップの例を見ていこう。

まず、「CetteFamille」は、高齢者が「里親」と一緒に暮らす、退職後コミュニティに相当するシェアリングエコノミーを中核に置いたビジネスだ。CetteFamilleは、設立から5年間で6000の里親を提供し、直近もVCから200万ユーロを調達した。

「CetteFamille」https://www.cettefamille.com/

また、「Silver in Touch」は一見、フリーランス向けのプラットフォームサイトのようだが、実は高齢者の社会的孤立を解決するものである。これを利用し、若年層と高齢者のスキルを通じたマッチングを成立させる。

スキルは例えば、コンピュータや家具の修理、家事や料理、映画鑑賞や話をする、といったものまで。有料・無償の活動が含まれる。

「Silver in Touch」https://www.silverintouch.fr/

そして、「Le Talents D’Alphonse」は、より若かしく、生き生きと働けるシニアに特化したもので、ベビーシッター、裁縫、編み物のレッスン、語学指導、音楽のレッスン、写真撮影のコースなど、独自のスキルを提供できるプラットフォームとなっている。

「Le Talents D’Alphonse」https://lestalentsdalphonse.com/

前出のモンテイロ氏は、AgeTechの起業家は、通常より多くの調査とユーザーテストを行う必要があると強調している。

それは、イノベーションワークショップなどの場において、高齢者をテクノロジーによって管理する存在から、起業家が「貢献する」存在として捉え直すべきと考えているからだ。 ケアではなく、レクリエーションを提供するサービスやプロダクトが中心となる傾向は、健康寿命・平均寿命の延伸からも理にかなっている。健康でアクティブなシニアの増加により、世界的に大きな需要がこのセクターには見込まれるだろう。

企画・編集:岡徳之(Livit)

高齢化は「課題」から「機会」へ、シニアエコノミーを考えるこれからの視点「Aging 2.0」

日本国内で100兆円を超えると言われるシニア市場。次々と生まれるテクノロジーを活用した製品やサービス「エイジテック」も話題となっている。そんなシニアエコノミーの最新動向を知る上でキーワードとなるのが「アクティブシニア」という言葉だ。シニア市場では、介護や医療に関連したものだけでなく、活発な消費行動をとる活動的な高齢者の存在が注目されている。

そうした背景から、「アクティブシニア」を掲げたイベントやスタートアップも増えてきており、高齢者限定のマッチングアプリやスキルシェアといったイノベーティブなサービスが提供されるようになっている。

一方、「アクティブシニア」以外に高齢化に関連して急浮上している注目ワードが「Aging 2.0」。アクティブシニアと同様、高齢化を既存の医療・介護上の解決すべき「国家の課題」としてだけでなく、もっと新しい視点から捉えるべきとの意味が込められた言葉だ。カリフォルニアからスタートし、いまや世界に広まっている「Aging2.0」というキーワード。それが提示する新たなモノの見方をお伝えする。

高齢化は「課題」でなく「機会」

高齢化を「課題」でなく「機会」と捉える視点
(AGING 2.0公式サイトより)

これまで「高齢化」という言葉から連想されるのは、国が取り組むべき医療や介護といった様々な「課題」であり、政府や非営利組織による個別のサポートに焦点があてられることが多かった。

そのような視点を「Aging1.0」、いわば旧バージョンの高齢化に対する考え方だとすると、「Aging2.0」は高齢化は「課題」であると同時に、ヘルス、ウェルネス、ライフスタイルビジネスの「機会」でもあるという考え方だ。サービス提供の主体としても、公的機関だけでなく、地域コミュニティにおける民間企業とNPOが重視される。

たとえば、独居高齢者の増加という現象を考えるなら、「Aging1.0」では公的機関による訪問サポートなどの提供だけが期待される。しかし「Aging2.0」という視点からは、公的サービスに加えて、若い層の住宅不足問題と高齢者の見守り問題、双方に同時にアプローチする多世代シェアハウスやハウスシェアマッチングサービス創出の機会という見方がなされるだろう。

高齢化に焦点を当てた世界最大のイノベーション・プラットフォーム

エイジング関連イノベーションプラットフォーム「Aging2.0」
(AGING 2.0公式サイトより)

そんな新たなシニアエコノミーにおけるイノベーションをサポートするために生まれたのが、この「Aging2.0」という視点そのものをその名に冠したグローバル・イノベーション・プラットフォーム「Aging2.0」だ。

「Aging2.0」の目的は、起業家や専門家、技術者、投資家、ヘルスケア事業者、そして高齢者自身が「Aging2.0」をテーマに集うコミュニティを構築し、エコシステムを生み出し、イノベーションを創出すること。

カリフォルニアで生まれたこの小さな団体は、いまやボランティアが運営する支部ネットワークを入れると、日本を含む65カ国以上に展開するまでになり、野村総研、損保デジタルラボといったスポンサーをのもと、様々なイベントの開催を通じてシニアエコノミーのイノベーションをサポートし続けている。

「Aging 2.0」の優先課題「8つのグランドチャレンジ」

介護分野のイノベーションは「Aging2.0」の優先事項

高齢社会でイノベーションが求められている分野には様々なものがあるが、Aging2.0コミュニティでは、その中で8つの優先領域を設定し、「8つのグランドチャレンジ」と名づけている。

そのグランドチャレンジとは、高齢者の屋内外の移動全般を支援する「モビリティ&ムーブメント」、日常生活で必要な食事、入浴、着替えなどの動作を支援する「日常生活・ライフスタイル」 、 認知症やうつ病といった老年期のメンタルヘルスにフォーカスする「脳の健康」、複数の病院、ケア事業者のサービス連携をサポートする「ケアコーディネーション」、個人の人生観を尊重した死の迎え方を支える「終活」など。

「8つのグランドチャレンジ」に掲げられた課題の多くは、これまでも医療・介護従事者によって取り組まれてきたものだ。

しかし、「Aging 2.0」では、そこにテクノロジーや介護・医療保険だけに留まらない様々な形のビジネスの創出という視点を持ち込むことで、専門家の業務をサポートし、高齢者やその家族がより暮らしやすいサービスや製品を生み出すことを目指す。

 「8つのグランドチャレンジ」で、特にコアとなるテーマとして重視されているのは「介護」。

Aging2.0では、様々なプレイヤーが協働して社会課題解決に取り組むプロジェクトを「コレクティブ」と呼んでいるが、Aging2.0は昨年、米コンサルティング会社「シェイパブル」と提携して「ケアギビング・コレクティブ」を発表。ビッグデータ分析に基づいたインサイトやソリューション提案、メンバーのマッチング・プラットフォームの構築を行った。

高齢者が主体的に社会と関わることもサポート

 「8つのグランドチャレンジ」には、上記のような高齢者にとって困難なことをどのようにサポートするかというものだけではなく、高齢者がアクティブに社会と関わる機会をつくることを目指すものもある。

シニア層のスキルや経験が発揮できる環境の整備や、生涯学習の機会を創出する「エンゲージメントと目的」はそのひとつ。高齢者の社会的孤立という課題に挑むという意味ももちろんあるが、労働人口減少へのソリューションとしても注目されている。

また、老後のファイナンスに焦点を当てたグランドチャレンジ「ファイナンシャル・ウェルネス」でも、高齢者がアクティブに就労、社会参加する機会の確保は重要な要素だ。

日本でも開催「Aging 2.0」関連イベント

世界最速で高齢化する日本においても「Aging 2.0」関連イベントはもちろん開催されており、ピッチイベント、ミートアップなど2015年から行われている。

その最新版は、必ずしも高齢者のみを対象にしたものではないが、経済産業省主催のヘルスケア産業を対象としたビジネスコンテストで、薬剤師向け服薬指導支援ツール「Musubi」を開発する株式会社カケハシがグランプリを受賞をした。

経済産業省は、このところヘルスケア分野のスタートアップ支援に力を入れており、昨年夏にはワンストップ相談窓口として「Healthcare Innovation Hub」、通称イノハブの設置も行っている。

高齢化は国から地域社会を中心とした取り組みにシフト

今年、菅首相が政策理念として「自助・互助」という言葉に言及し、政府が責務を投げ出すのかとの批判が多く聞かれた。

しかし、高齢化社会への対応を政府中心のものからローカルコミュニティ、高齢者本人や市民、非営利団体や企業、スタートアップを中心にしたものへシフトしていこうという考えは、この「Aging2.0」がすでに65カ国に展開していることから分かるように、決して目新しいものではない。 

もちろん政府は医療、介護を可能な限り充実させる責務があるが、急増する高齢人口と減少する勤労人口のバランスを考えると、これからの高齢化社会を公的なサポートだけで支えきれないのは明確だ。  なにより、世界各国が高齢化している今、シニアエコノミーを経済活性化、ビジネスの「機会」と捉える視点は、フランス政府などをはじめ世界各国が打ち出すようになっている。今後の高齢化社会を考える上で、「Aging2.0」という視点の重要性はますます増していくだろう。

企画・編集:岡徳之(Livit)

高齢者向けフィットネスを提供するベンチャー「AgeBold」「Motitech」に学ぶシニアの運動習慣促進のヒント

毎日1万人ペースで退職者が出ている米国。ベビーブーマー世代も高齢に差し掛かり、シニア対象のビジネスはいずれの分野でも活況である。仕事に趣味にアクティブに生きてきた彼らだが、身体的な衰えから、ちょっとしたケガでも大事に至るケースは少なくない。

米国ではシニアのケガによる医療支出は年間500億米ドルを超え、政府の財政をひっ迫。重大な経済・社会問題として注視される中、それらをテクノロジーの力で解決しようという動きも活発になってきている。そこで、本記事ではフィットネス分野で注目を浴びるエイジテックスタートアップ2社に着目。それぞれの取り組みとインパクトを解説する。

高齢者による莫大な医療費支出が社会問題に

米国国勢調査局によると、2050年には65歳以上の人口が8,370万人を超え、2012年のほぼ2倍の数になるという。特に85歳以上の“超高齢者”は、労働人口よりも速いスピードで増加すると予測され、様々な分野での影響が懸念されている。

米国メディケア・メディケイト・サービスセンターよると、2010年の高齢者による医療費支出は全体の34%を占め、一人当たりの医療費は年間約18,000米ドルであった。この額は子どもの5倍、成人の3倍に相当するという。

米国では65歳以上の高齢者は、連邦政府による公的医療保険「メディケア」の加入資格を持つ。シカゴ連邦準備銀行の研究グループがまとめた報告によると、1996年から2010年の高齢者医療費の政府負担は65%を占め、その多くは低所得層による利用であったという。広がる貧富の差と待ったなしの超高齢化問題。増え続ける医療費は、国の喫緊の課題として立ちはだかっている。

シニア向けオンライン運動プログラムを提供「AgeBold」

オンラインのシニア向け運動プログラムを提供するカリフォルニアのスタートアップ「AgeBold」のウェブサイト
https://www.agebold.com

身体を動かすことで健康寿命を延ばし、医療費を抑える。健康に気遣う人なら、ジム通いやジョギングなどなんらかのフィットネスを生活に取り入れていることだろう。しかし高齢になると、病気や足腰の衰えから外出が難しくなることも少なくない。さらに今はコロナ感染拡大の影響で、誰もが家に引きこもりがちになっている。

そんな中、オンラインのシニア向け運動プログラムを提供するカリフォルニアのスタートアップ「AgeBold」が注目されている。

AgeBoldの共同設立者アマンダ・リースは、祖母の介護経験から、高齢者が自立して過ごすためにはフィットネスが欠かせないことを身にしみて感じたという。そこでリースは、自宅でプロのトレーナーが作った専用プログラムを受けられる、シニア向けオンライントレーニング「Bold」を考案した。

アルゴリズムを通じてメニューをパーソナル化

オンラインのシニア向け運動プログラムを提供するカリフォルニアのスタートアップ「AgeBold」のウェブサイト
https://www.agebold.com/tests/

利用者はまず、筋力、柔軟性、バランス力を測る簡単なテストを受ける。いずれもオンライン上で無料で受けられ、所要時間も1項目につき1分程度だ。その結果をもとにアルゴリズムが診断し、当人に最も適したクラスやプログラムが示される。

コースは「ベーシック(無料)」「年額制(180米ドル/年)」「月額制(25米ドル/月)」の3つ(診断によるパーソナルメニューは有料コースのみ)。リーズナブルな価格設定で、所得が少なくても出せる金額であることが、支持拡大の一端になっている。

有料コースを選択すると、AgeBoldメンバーによる個別のアドバイスやフィードバックをもらうことができる。漫然とプログラムをこなすのではなく、状況に合わせてプロから適切な助言をもらえることは、利用者にとって励みになる。手軽かつあらゆる側面でパーソナル化した取り組みが高齢者の心を掴んでいる。

高齢者向けのバーチャルサイクリングを開発「Motitech」

ノルウェーのテック系スタートアップ「Motitech」が開発した、高齢者向けのバーチャルサイクリング「Motiview」のウェブサイト
https://motitech.co.uk

ノルウェーのテック系スタートアップ「Motitech」が開発した、高齢者向けのバーチャルサイクリング「Motiview」も話題だ。現在はノルウェーのほか北欧諸国や英国、カナダ、オーストラリアなどで広まり、高齢者施設やデイケアセンター、コミュニティセンターなど数百カ所に導入されている。

Motiviewは柔軟性の向上、転倒防止、怪我のリハビリ、食欲向上、肥満防止、不眠解消など身体機能向上のほか、メンタルヘルスにも効果があることが確認されている。

「懐かしい場所を走る」ことで認知症予防に

(Motiviewのデモ動画)

Motiviewは、映像を見ながら専用のエアロバイクを漕ぐことで「世界を旅している」ような感覚が得られる。利用者は1,700以上あるプレイリストの中から好きな国・地域を選択して「サイクリング」をする。バックミュージックも好きな音楽を設定でき、細かいカスタマイズが可能である。

Motiviewは、運動と視覚刺激を組み合わせることで脳の動きを活発化し、特に認知機能を飛躍的に改善する。お年寄りは、サイクリングをしながら若い頃に訪れた旅先や、自分の住んでいた場所の近くを通るかもしれない。

故郷や懐かしい場所にアクセスすることは脳に刺激を与え、豊かな感情を呼び起こす。楽しい思い出は自己肯定感を高め、施設スタッフや入所者との会話のきっかけにもなるだろう。

最高齢の参加者は103歳。シニア向け自転車イベントを開催

ノルウェーのテック系スタートアップ「Motitech」が開発した、高齢者向けのバーチャルサイクリング「Motiview」の実際の利用シーン
https://motitech.co.uk/news-roadworlds/gramps-get-their-own-champs

Motitechは英国の自転車競技団体British Cyclingや公的機関Sport Englandと提携し、Motiviewを使った高齢者向けサイクリングイベント「Road Worlds for Seniors」を毎年開催している。

Road Worlds for Seniorsは、高齢者施設やデイケアセンター等を対象にしたグローバルアクティビティプログラムの一つ。毎年9月、英国のヨークシャー地方で開催される国際自転車レースUCI Road World Championshipsと並行して行われる。

2019年大会には英国、ノルウェー、スウェーデン、カナダ、オーストラリアなど計7カ国から194チーム、4,333名が参加した。最高齢参加者は103歳の英国人女性であったという。

同イベントは1ヶ月の間に、どれだけ「走った」かで競われる。施設(チーム)そして個人(男女別)で走行距離を競い、優勝者にはトロフィーも贈られる。2019年の男性個人総合1位に輝いた84歳のカナダ人ノーマン・コテ氏は、25日間で約5,300kmを走行した。

自立して生活する高齢者に比べ、施設入所者は行動範囲が限られ、不自由な生活を強いられがちである。Road Worlds for Seniorsは、そんな彼らの「生きがい」にもなっているようだ。実際イベント期間中、ノルウェーのある施設では、入所者の希望によりエアロバイクの使用時間を延長することもあったという。

人生100年時代を迎える今、健康を維持するだけでなく、充実したシニアライフを送れるかどうかは大きな関心事であろう。それを叶える手段として、エイジテックの役割は今後より重要性を増していくに違いない。

企画・編集:岡徳之(Livit)

台頭する「Age Tech」海外イベントに見る最新トレンドと成功の鍵

2020年現在は9%→2050年には22%。2020年現在は59%→2050年には90%。この数字が何を示しているかお分かりだろうか。

最初の数字は、世界人口に対する60歳以上の比率、次の数字は世界人口に対するインターネットユーザー率である(どちらも国連のレポートより)。先進国では高齢化が一層進んでおり、65歳以上は2019年でもEU圏22.8%、アメリカ16.5%だ(Statistaより)。ちなみにトップを走る日本は28.4%となっている(総務省の資料より)。

1980年から2050年の地域別60歳以上の増加の推移グラフ
1980年から2050年の地域別60歳以上の増加の推移
出典: United Nations (2017). World Population Prospects: the 2017 Revision

国による差はあるものの、60歳以上の人口は増え続け、そう遠くない将来、ほぼ全世界でインターネットの使用が可能になる。この傾向は最近になって「発見」された事実ではなく、こうなることは予想されていた。それにも関わらず、ITといえば、ミレニアル世代やZ世代などのデジタルネイティブが主流で、60歳以上は傍流と捉えられがちだった。

ITが旺盛な「シルバー・エコノミー」に後発参入

第二次大戦後のベビーブーム時代を筆頭に旺盛な消費を行うシニア世代に、マーケットが目をつけないわけがない。「シルバー・エコノミー(高齢層経済)」という言葉も誕生し、医療・介護はもとより、消費財、ホスピタリティなど様々な産業が参入している。そして今、台頭しているのが傍流だったIT産業だ。

ITがこのセクターで後発になったのには理由がある。シニア用ITといえば、機能を減らしたり、分かりやすいデザイン設計でユーザビリティを高めるデバイス開発に重きが置かれていた。その間にもIoT、生体認証、AI、ロボティクス、5G、VRにARなど情報テクノロジーは着々と進化を遂げていた。

その結果、高齢者対象のテクノロジーが多様になり、応用の可能性が爆発的に広がったのだ。現在は、技術でなにが実現できるのか、どんなサービスが創出できるのか研究、検証が行われているフェーズだと言える。つまり、「Age Tech」は黎明期を迎えているのだ。

ITのディスラプション「Age Tech」

その動きが顕著なのが、高齢化先進国の欧米だ。高齢者に特化したテクノロジー分野は「Age Tech」という名前で認知されつつあり、ITの新たなディスラプションとして期待がかかっている。

Age Techは高齢者×テクノロジー、あるいは高齢化社会で発生する課題解決のためのテクノロジーのことだが、その特徴はすそ野の広さにある。というのも、主体となるのは高齢者だけではないからだ。高齢化社会は少子化が進んでいるということでもあり、現役層がより多くの高齢者を支えることになる。

つまり、Age Techは高齢者だけではなく、その家族、地域社会、医療・介護機関など、さまざまなプレイヤーが参加する、いや、しなくては成り立たない分野なのである。2025年にはAge Techのマーケット規模は2.7兆米ドル(約285兆円)になる可能性があると言われている(「’Age-Tech’: The Next Frontier Market For Technology Disruption」Forbesより)。

Age Tech先進国のヨーロッパで2021年に予定されている主な展示会を概観し、その概要を探ってみたい。

フランス「AgeingFit」

フランスの経済開発局Eurasantéが主催。2021年で第5回目を迎える、イノベーションパートナーシップに特化したヨーロッパ初のパートナーイベント。展示内容は健康・医療デバイス、データマイニング、リサーチ、保険など全方向を網羅している。20カ国以上が参加、50の展示、75人のスピーカーが招待され、高齢者の心身、社会的な健康を支えるイノベーションを育成する。

イギリス「Dementia, Care & Nursing Home Expo」

イギリスの展示会「Dementia, Care & Nursing Home Expo」のウェブサイト
https://www.carehomeexpo.co.uk/welcome

新しいソーシャルケアモデルを提案する展示会。ケアホーム、老人ホーム、在宅ケアなど、人を中心にした高品質なケアを提供するためのテクノロジーや製品を紹介。認知症を疑似体験する「The Virtual Dementia Tour」を開発した企業も参加。最新テクノロジーでケアの向上、持続可能なモデルを探るCare Tech Liveも開催される。Care Tech Liveでは、ケアビジネスのオーナーやマネジャを対象に最新テクノロジのレクチャが行われる。

イギリス「Longevity Leaders Forum」

イギリスの展示会「Longevity Leaders Forum」のウェブサイト
https://www.lsxleaders.com/longevity-leaders-congress

Age Techを語る上で、Longevityの概念をはずすことはできない。Longevityは「長生き」という意味だが、現在、盛んに議論されているLongevityは単に寿命の長さだけではなく「健康に、健やかに長生きする」ための仕組みづくりやイノベーションを差す。ヴァーチャルで開催されるこのフォーラムでは、エイジングサイエンス、エイジングウェル、ロンジェビティリスクの3つのテーマで会議を設け、各テーマを深く掘り下げる。また、全体会議とネットワーキングセッションで学術的な交流も促す。Longevityは、サイエンス、テクノロジー、ビジネス、ファイナンスを包括してロンジェビティ・エコノミーとも呼ばれている。

イタリア「AAL Forum」

イタリアの展示会「AAL Forum」のウェブサイト
https://www.aalforum.eu/

AALは高齢者のクオリティオブライフをサポートし、医療システムの持続性を確保しながらビジネスを活性化することを目的としたヨーロッパのイニシアチブ。2008年以来、220を超えるプロジェクトに資金提供している。デンマークで開催された2019年のイベントでは、スタートアップが企業にプレゼン(エレベータピッチ)を行う新たなワークショップを開催。終末期をオープンに語るゲームソフト、異文化とケア、失禁対策などAge Techが必要とする斬新な切り口から高齢者とテクノロジーのマッチングを発表した。AALは、Active and Assisted Living の略。

スウェーデン「Vitalis」

スウェーデンの展示会「Vitalis」のウェブサイト
https://en.vitalis.nu/

スウェーデンは、2025年までにデジタル化とeヘルスの普及が世界トップになると目されている。スカンジナビア最大のeヘルスイベントであるVitalisでは、ヘルスケアと社会福祉の変革に焦点をあて、在宅モニタリング、位置測位システム、異常行動検出、遠隔医療、AI、ロボットロボティクスなど、主に高齢者の自立した生活を支援するサービス、テクノロジを紹介する。2020年はデジタルコンフェレンスという形で開催された。

柔軟な発想が求められるAge Tech

このような展示会やイベントが頻繁に行われることで今後もAge Techの注目度が上がり、異業種スタートアップやベンチャー企業の参入も盛んになり、期待通りのディスラプションが起こるかもしれない。そのきっかけとなるのは最新の技術だけだろうか。そうとは言えない好例がある。

ヘルス・フィットネスを業種とするノルウェーの企業Motitechは、高齢者の健康問題は身体の老化よりもむしろ、運動量の低下と孤独にあることに注目。

ベルゲン市のナーシングホームと協力して屋内のエアロバイクとサウンド付きビデオを接続したMotiviewを開発。老人がバイクを漕ぐと目の前のスクリーンに自分が見知っているストリートが映し出され、あたかも本人が自転車でその通りを走っているような体験が得られる。

代表者のひとりStian Lavik氏は、ケアホームでは、「質の良いケア」に心血を注いでしまいがちだが、運動も同様に大切だと説く。動画と連動したエアロバイクを設置して2か月後、ケアホームの入居者の体力、睡眠と食欲のバランスすべてが向上したことが明らかになった。

ROAD WORLDS FOR SENIORSのウェブサイト
https://www.roadworlds.com/

ROAD WORLDS FOR SENIORSというプロジェクト名で、各国で展開。7カ国4,300人のサイクリストが参加したワールドカップも開催している。

ケアという分野は、対象が高齢者だけに視野が狭くなりがちだ。そこに外部から風を通すことで健全なイノベーションが発生する。プライオリティは高度なテクノロジーではなく、Motitechのように、盲点に気づく柔軟な発想力ではないだろうか。それがAge-tech発展の鍵を握っていると思う。

企画・編集:岡徳之(Livit)

平均寿命世界一のシンガポールで活況迎える「エイジテック・イノベーション」最新動向

先進国を中心に進む高齢化。「若い国々」の代名詞であった東南アジアにも高齢化の影は忍び寄っている。中でも「高所得国」に属し、東南アジアで最も経済発展を遂げたシンガポールでは、現在8人に1人が65歳以上。10年後にはその倍に増えることが予測され、高齢化は国が早急に対処すべき課題として浮上している。

多くのテック系スタートアップを輩出し、官民を挙げたテクノロジー開発が活発な同国では「エイジテック」を駆使したさまざまな取り組みが行われている。本記事では、シンガポールで進められるエイジテック・イノベーションの最新動向をお伝えする。

日本を抜いて世界一。高齢化が急速に進むシンガポール

日本が世界有数の長寿国であることは、誰もが知るところであろう。しかし、2017年にシンガポール保健省と米ワシントン大学付属健康測定・評価研究所(IHME)が行った平均寿命調査によると、シンガポールが日本を抜き世界1位に躍り出た。

シンガポール人の平均寿命は84.79歳、健康な状態で過ごす年月も74.2年とトップ。2位の日本は平均寿命が84.19歳、健康寿命は73.07歳という結果であった。1990年の同調査と比較すると、シンガポールは平均寿命が8.7歳、健康寿命が7.2歳も伸びているという。ここ30年で急速に高齢化し、本格的に「高齢化社会」の仲間入りをした形である。

なお、同じ東南アジアのタイでも高齢化が進んでおり、2021年には60歳以上が人口の20%を超えると予測される。今は若年層が多い東南アジアの他地域でも、子どもの出生率は減少傾向。国や地域に関係なく、高齢化は世界共通の問題であることが分かる。

テクノロジーの力で高齢者の生活向上を図る「SHINESeniorsプロジェクト」

2030年、シンガポールでは65歳以上の高齢者が96万人に達することが見込まれる。しかも、そのうち約1割である9万2000人が一人暮らしになると推定されている。

近年シンガポールでは、高齢者の生活の質と社会関与レベルを改善するため、エイジテック開発に力を入れている。シニアサポートのためのデジタル技術は、国内の医療機関や高齢者施設で急速に普及し始めている。

SHINESeniors公式紹介動画

シンガポール経営大学(SMU)はインド財閥系ITサービス&コンサル会社のタタ・コンサルタンシーサービス(TCS)と提携して「SMU-TCS iCity Lab」をローンチ。そこでAIなどを活用したエイジテックソリューションの開発に乗り出した。

SMU-TCS iCity Labが始めたプロジェクト「SHINESeniors」は、一人暮らしの高齢者を対象としたデータドリブン型のコミュニティケアである。

家族と同居する高齢者に比べ、独居の場合は精神的・身体的なサポートが難しく、身体の異変や事故があったときの対応が遅れ、最悪のケースに至ることも少なくない。しかし、施設での集団生活を望まず、リスクを感じながらも一人暮らしを続ける高齢者は多い。

SHINESeniorsは、最新機能を搭載したセンサーと在宅ケアによって、住み慣れた自宅やコミュニティで、高齢者が自立した生活を送れるようにすることを目指している。

プライバシーを損なわずにスマートに“監視”

センサー対応の家では、物理的環境(換気、騒音、温湿度など)と、高齢者の日常生活のパターン(自宅での移動パターン、服薬遵守、睡眠の質など)を監視することができる。

さらに、センサーは個々の生活パターンをデータとして蓄積。パターンに異常が見られた場合は、リアルタイムで介護者に通告される。なお、センサーによってプライバシーが損なわれることはない。

高齢者の生活パターンを経時的に観察・分析することで、健康状態が悪化する前に適切な処置をとることができる。特に転倒や事故など助けが必要な緊急事態においては、タイムリーな介入が可能となるだろう。

イノベーティブな取り組みで「SuperNova Awards」を受賞

SHINESeniorsプロジェクトは地域の介護・ソーシャルワーク団体と連携して行われており、2019年にはイノベーティブな技術で社会を変革するテック企業・チームに贈られる「SuperNova Awards」のAI&AugmentedHumanity部門においてを受賞した。

人との触れ合いを保ちながら、テクノロジーによる“さりげない見守り”によって、可能な限り自由で自立した生活を実現させることを目標としている。時代に即したシニアケアとして、ますます注目が高まるだろう。

次々と生み出されるエイジテック製品

https://www.healthstats.com/

シンガポールのテック企業Healthstats Internationalは、動脈波データをキャプチャして血圧を測定するウェアラブル端末「BPro」を開発した。

BProは手首に装着して、15分間隔で中心大動脈の脈波をキャプチャする。24時間経過後にデータからレポートが作成され、平均動脈圧や中枢動脈圧などが出力される。これにより、脳卒中や心臓発作のリスクが予測できる。同商品は臨床実験中だが、すでに20カ国以上から承認を得ている。

https://www.senescence.life/

テクノロジーによる認知症予防や脳機能の向上に取り組むヘルスケア企業Senescence Life Sciencesの栄養補助食品部門は、脳の健康を改善し、認知能力を高める脳サプリを開発。記憶力・認知力低下を防ぐ「REVIVE powered」とストレス耐性を高める「EDGE powered」の2種類を販売している。

また、同社の製薬部門では、アルツハイマー病の予防と治療のための医薬品を開発中。アルツハイマー病は高齢者に最も多い疾病の一つで、米国アルツハイマー病協会によると、高齢者の3人に1人はこれで亡くなっているという。

この割合は、乳がんと前立腺がんを足したものよりも高い。さらに、米国ではアルツハイマー病にかかる医療費は高額であり、2050年には年間1.1兆米ドルを超すと予測されている。同社の開発が成功すれば、アルツハイマー治療の大きな前進となることは間違いないだろう。

平均寿命世界一、急速に高齢化が進むシンガポールで生まれるエイジテック、そうしたテクノロジーがもたらす社会変革から、同じく高齢化が進む先進国として日本も目が離せない。

企画・編集:岡徳之(Livit)

「高齢者=ITに弱い」という先入観は捨てよ。パンデミックで拡大するアクティブ・シニアのデジタル消費

今や世界的アイコンの「ゲーマーおばあちゃん」

 世界中が不安と陰鬱を抱えて家に引きこもっていた今年初夏、彗星のように現れて世界中のネチズンの心を癒した90歳の日本人女性ゲーマーがいる。「あ、ゲーマーグランマね」とピンと来る人もいるはずだ。

主な発信の場であるYouTubeにおけるチャンネル名を流用した「Gamer Grandma」の呼び名で世界のゲーマーの話題をさらったのは、「世界最高齢のゲーム実況者(ギネス公式記録)」こと森浜子さん。彼女のもとには、AFP通信(フランス)やGulf News(アラブ首長国連邦)など、世界各国のメディアが殺到した。

森浜子さん
https://www.youtube.com/watch?v=Tpqj47mMlY0

その小柄で楚々とした90歳日本人女性らしいビジュアルとは裏腹なコントローラーさばきで、「Ghost of Tsushima」や「バイオハザードRE:3」などの殺伐とした最新ゲームの中で楽しげに殺戮を重ねる。

そしてやはり年齢からは想像もつかない、かくしゃくとした口調でゲームの楽しさを語ったり、「同年代のゲーム仲間が見つからない」と愚痴をこぼしたりする(そりゃそうだ)。

しかし、ときにはバトルゲームで戦時中のことを思い出していきなり昔話を始めてしまったり、「クリアするまでに若い人の10倍時間がかかる」と嘆いたりといった、おばあちゃんらしいおちゃめな姿も見せる。

そんな彼女は、「ゲーム=不健康」「シニア=機械に弱い」「年を取る=刺激のない毎日を送るようになる」といった、自分の身に起こると想像するとちょっと憂鬱になる高齢者ステレオタイプをキルしてくれる新時代シニアのアイコンとして、100年人生の歩み方を模索する先進国社会に歓迎された。

シニア世代をデジタル利用へ誘ったパンデミック

そもそもアクティブ・シニアをアクティブ・シニアたらしめる要因はさまざまなものが考えられるが、日常のさまざまなシステムがIT化されていくこれからの時代を「アクティブ」に過ごすには、彼らのデジタル消費の増加が重要な一端を担うことは疑いようがないだろう。

実際、先述の森浜子さんほどのスクリーンタイムを日々費やさずとも、デジタル親和性の高いシニアが急増しているという。

特に今年は、年明け早々に始まりいまだ出口が見えない新型コロナウイルスのパンデミックにより、いわゆる「リアル」のコミュニケーションや行動が遮断され、デジタルデバイス・サービスの利用を強いられた高齢者が多く、結果としてさまざまなデジタル手段を使いこなすシニアが急増する事態となったといわれている(詳しくは後述)。

 また、パンデミックの最中、運動不足が気になってオンラインでエクササイズ動画を物色した人も少なくないだろうが、シニアにとって運動不足は、筋力や認知力の低下といったもっと深刻な問題と隣り合わせだ。そこで気軽に外出や面会ができなくなった高齢者向けに、自宅でできる運動の動画を作成・公開した自治体や企業は少なくない。

 さらに施設で暮らす高齢者の脳トレや家族とのコミュニケーションツールとしてのeスポーツの活用推進を決定した神戸市、同様の目的の使いやすいアプリを開発した企業など、高齢者の老化の加速や孤独の問題をデジタル技術で解決しようとする取り組みがさかんになった。

Photo by Ben Collins on Unsplash

 個人レベルでも、スマホやタブレットを活用して離れて暮らす両親と連絡を取ったり、子どもの写真を共有したりといった「デジタル親孝行」を実践する人も増えているが、そういった場合もやはり、ツールを導入するところからサポートするケースが多いという。

 なかなか会えなくなってしまった子どもや孫の近況見たさにSNSの利用を始めたシニアが、同じプラットフォームを利用する同世代の知人を見つけ、その知人が趣味に関する投稿をよくしたりしていると、自分も刺激を受けて日常のちょっとした出来事を共有してみたりと、横のつながりが広がっていくケースも。

 「なんか難しそう」「俺はそういうのいいよ」とデジタルツールを敬遠してきたシニア層に、必要に迫られての利用を爆発的に拡大させたのが今年のパンデミックだったようだ。

注目はEコマース利用とウェアラブル

 経済的な意味でひときわ注目を浴びるのが、高齢者によるEコマース利用の増加だ。

中でもいわゆる戦後生まれの「団塊の世代」(1947年~1949年生まれ)は、いまだ人口ピラミッドにおいても最も厚い層をなし、大量消費時代に成人期を過ごし、現在安定した老後を送っているといった経済的な影響力が無視できない要素の揃ったグループ。

だが、そんな彼らは激動の時代を自らの手で築いてきた背景から、70代となった今でも従来の高齢者よりも新しい技術やサービスを試すことに心理的な抵抗が低いと言われている。

米マッキンゼーのパートナーであるエコノミストのJaana Remes氏は同社ポッドキャストで、ベビーブーム世代は既存の価値観を打ちこわし、教育を受け、多様な社会を切り開いてきたこと、特に都市部の高齢者がいまだ高い購買力を保っていることを踏まえ、これからのビジネスは従来の「高齢者」のイメージをいったん捨てた上で、消費者としての彼らを注視する必要があると指摘した。

また、2002年から全世代のオンライン購入行動に関する調査を継続している総務省のデータによれば、それまでにも徐々に増加しつつあった50代以上のオンラインショッピング利用は今年5月の時点で飛躍的に増加している。

50代を中心に若年層よりも一人当たりの支出が大きく、特に食料品やより年齢の高い層の伸び率が大きいことから、高齢者の感染への恐れが新しい買い物習慣への抵抗感を上回り、その結果、日常的な買い物のオンラインへのシフトを後押しした可能性が指摘されている。

欧米で「ベビーブーマー」と呼ばれる層はもっと広く1960年あたりまでに生まれた世代を指すことが多いが(定義による)、彼らの消費行動が注目を浴びている傾向は世界共通だ。

アメリカのマーケティング専門メディアeMarketerによると、パンデミック以前の昨年末の時点ではブーマーの87%がオンラインよりもリアル店舗での買い物を好み、7割前後が2020年も実店舗で買い物をすると回答。

 一方、今年2~3月の時点ですでに34%のブーマーが買い物をオンラインにシフトし、6月に行われた調査では45%がオンライン購入に費やす金額が増加したと回答している。また83%がオンラインでの買い物は簡単だったと体験しており、「一度この学習曲線を乗り越えた人は、オンライン利用を継続するだろう」といった予測も。

ただし導入部分には何らかの「不慣れ感」軽減の要素は必要なようで、彼らの多くが従来利用していたリアル店舗のオンラインサービスを好んで利用するという指摘もされている。

 しかしここで留意したいのは、先述の米経済学者Jaana Remes氏のポッドキャストで「体験が重要」という指摘が丁寧になされていたこと。日本には特に、買い物や医者通いが日々の刺激兼社会とのつながりになっている高齢者も多い。買い物をオンラインにシフトした分、それに代わる体験の提供、もしくは代替のサービスが求められることだろう。

健康に関する分野では「ウェアラブル」に注目

また高齢者と切っても切れないテーマが「健康」だが、先述のように身体的な運動や認知機能サポートのためのデバイスやアプリ、オンラインサービスはパンデミックを機に開発が加速している。またこのジャンルでは最近特に、利用者が持ち運んだり電源を入れたりといった心配の少ない「ウェアラブル」が熱視線を浴びているようだ。

Photo by Fabian Albert on Unsplash

 高齢者向けの経済情報を発信するメディア「SilversFan」は、今年前半に自身の健康状態のモニタリングのためにスマートウォッチを購入する人が急増したこと、ウェアラブル医療機器の世界市場が2025年までに466億米ドルに達するという分析結果などを踏まえ、高齢者にとってのウェアラブル医療機器の意義を考察。

 下着に取りつけたり、タトゥーのような形で体内に埋め込んだりできる健康モニター・サポート機器の利用により、本人の命や健康を守るだけでなく、より多くのデータの集積、本人や介護者の自由と独立の拡大、より個人に適したカスタマイズなどが可能になるとその利点を主張している。

まずは「高齢者=IT機器に弱い」という先入観を捨てて

  今回、高齢者のデジタル利用について調べてみて、各方面の専門家が「これからの高齢者には、従来の高齢者のイメージを捨ててサービスを考える必要がある」と主張するのが目についた。新しいことを試し続けることが脳の老化の防止につながることは周知の事実だが、そういう意味でもこの新しい「高齢者」の時代の到来は朗報だ。

 高齢者を意識してデザインされたデバイスやサービスは、誰にとっても使いやすいグローバルデザインに発展する可能性もある。私たちはITと高齢者を切り離して考える癖を改める時期に立っているようだ。

企画・編集:岡徳之(Livit)

「オンデマンド孫」「シニア版Tinder」孤独な高齢者を救うシニア向けサービスがロックダウン下で活躍

 孤独と社会的孤立は「1日15 本のタバコを吸う」ほど健康に悪影響。そんな比喩を聞いたことはあるだろうか。パンデミックによる社会的隔離措置が世界中で実施された2020年、孤独が心身の健康にもたらすリスクが、これまで以上にクローズアップされるようになった。

 特に身近な人との死別や退職、子供の独立など、環境が激変するシニア世代ではもとより孤独が大きな問題となっていたのだが、今年の社会的隔離措置でより深刻化。孤独感の軽減を図る取り組みが強く求められるようになっている。

 一方で、シニアの中には趣味やさまざまな活動に積極的に参加する「アクティブ・シニア」と呼ばれる人びともいる。その多くは隔離期間中も、電話やデジタルデバイスを活用して人とのつながりを維持していたようだ。

 このような「アクティブ・シニア」の人びとはおおむね積極的な性格であり、自ら多様なチャレンジをするという人もいる。しかし中には、アクティブに人と交流したいものの、どうしたらよいか分からない、潜在的「アクティブ・シニア」というべき人たちも少なくない。孤独が健康にもたらす影響がこれだけ問題視されている今、そんなシニア層をいかにしてサポートできるかにも、関心が向けられるべきであろう。

 孤独による健康リスクは今、なぜこれほど重要視されているのだろうか。そして、パンデミックの最中でも、シニアの人間関係がアクティブであり続けるためにはーー。

パンデミックで深刻化。心身の健康に大きな影響を与える「孤独」

 孤独が抑うつや不安感の増大といった、精神面に良くない影響をおよぼすのは想像に難くない。しかし、実は孤独によって引き起こされる健康問題はもっと多様だ。

 日本人の主な死因でもある冠動脈疾患、脳卒中、ガンの発症率や死亡率を、孤独が増加させることがこれまで報告されている。認知症についても、孤独感、さまざまな社会の活動への参加や人と会う機会の少なさなどが、発症率増加の要因の一つとされている。

おじいちゃんんと孫が笑顔で会話する様子
人との関わりは心身の健康上、重要な役割を果たす
Photo by Nathan Anderson on Unsplash

 健康増進というと、食事やエクササイズをまず思い浮かべることが多いと思うが、それと同じように孤独の軽減も重要なのだ。

 日本では、高齢者の一人暮らしが2015年の625万世帯から年々増加、2040年までに896万世帯になると予測されているが、今年のパンデミックでは、特に一人暮らしの高齢者世帯の孤立と孤独が問題視された。

 これまで、高齢者の孤独への対応策は、地域社会に交流の場を設けるといったものが主だったが、物理的に集まることをできるだけ避ける必要がある今、その実施も困難になっている。

 パンデミックが長期化する中で、元々は社交的なシニアであっても習い事や友人と会う機会が減少しているだけでなく、別世帯の親族との交流も控える傾向にあり、世界各国はウイルスと戦うだけでなく、この「孤独問題」にいかに対処するかが喫緊の課題となっている。

ロックダウン下のアメリカで広まる、テクノロジーを活用した孤独軽減策

 日本よりもさらに厳格なロックダウンが行われ、この問題がより深刻なアメリカでは、いくつかのテクノロジーを活用した対応策が注目されるようになっている。

 その一つが、シニアユーザーに特化したタブレット端末だ。外部からの訪問が禁止された病院や施設では、患者・利用者と家族や友人をタブレットでつなぐ取り組みが広く実施されているが、独居高齢者の場合、「誰かと顔を見て会話をしたい」という気持ちがあっても、タブレットの操作に馴染めないという人も多い。

 そんな高齢者向けに開発されたのが、大きなボタンとシンプルな操作で、簡単にビデオチャット、写真の閲覧、ニュース閲覧、メッセージ、ゲームや音楽視聴などが可能な「Grandpad」だ。

 このシニア向けデバイスは、移動が極端に制限されたパンデミックの最中でも、高齢者が家族や友人と顔の見えるコミュニケーションをとり続ける大きな助けとなっている。

https://youtube.com/watch?v=N6_RM_1f3Rs
高齢者ユーザーに特化したタブレットの開発
(Grandpad YouTubeチャンネルより)

 Grandpadのほかにも、例えば「Grandkids on demand(オンデマンドの孫)」を掲げる「PAPA」は、職種や趣味、好きな映画のジャンルといった共通の趣味や関心を持つシニアと、地域の若い世代のサポーターをマッチング、おしゃべりといった交流や、通院の付き添いなどを提供している。

 利用者は1時間に20ドルから25ドルを支払い、そこから何割かがサポーターに支払われる。有給のサポーターは面接、身元調査による審査が行われ、その多くは看護師やソーシャルワーカー、医療系の学生など、ヘルスケア分野の経験を持っている。

 パンデミック前は、病院の予約など簡単な用事を手伝ったり、一緒に映画を見たりといった対面のサービスが主だったというが、外出制限が実施されてからも、「PAPA」を通じて出会ったペアは、電話やインターネットで連絡を取り合っている。それがシニア側だけでなくサポーター側の孤独感さえも軽減する手助けにもなっているという。

地域の人びとをマッチングさせるサービス
(PAPA YouTubeチャンネルより)

  「PAPA」は世代間交流を目的としているが、同世代の高齢者同士をつなぐデジタルサービスとしては「Stitch」が人気だ。

 「シニア向けのTinder」とも呼ばれるこのサービスだが、設立者はこの呼び方をあまり好意的には受け取っていないようだ。ほぼ外見の好みだけでプロフィールを「あり」か「なし」か、左右にスワイプして仕分けていく、カジュアルなデートアプリの要素が強いティンダーとは異なり、「Stitch」はあくまでもネットワーキングのためのサービスだからだ。

 もちろんデートの相手を探すことができるが、それ以外にも同じ趣味の友人をつくる、地域のさまざまなグループ活動に参加するといった多様な機能があり、交友関係全般を広げることができる。

「シニア向けのTinder」とも呼ばれる同世代の高齢者同士をつなぐデジタルサービス「Stitch」
高齢者向けネットワーキングサービスも人気(Stitchウェブサイトより)

 2014年に設立され、現在では世界中で2万5000人を超えるユーザーにサービスを提供しているこの「Stitch」も、対面でのネットワーキングが困難になった今年、他の国に住むランゲージエクスチェンジパートナーを探す、地域のメンバーとチャットを楽しむといった形でオンラインで人と人をつなぎ、シニア層の孤独感軽減に一役買っている。

 このようなデジタル機器やサービスは、シニア層にとって使い始めるきっかけ作りがなかなか難しいのだが、「GrandPad」の場合、高齢者に居宅介護を提供する企業「Comfort Keepers」と提携、利用者にタブレットを提供するといった形で連携を図っており、医療や介護従事者が入り口となるのも、一つの有効な手段なのかもしれない。  地域コミュニティや大家族といった伝統的な人のネットワークが減少しつつある現代。一方で、アクティブなデジタルサービスを使いこなすシニアは増えつつあり、これまでとは違った形の新しいシニア世代の交流が、これからも世界各地で生みだされていくだろう。

フィンテック、エドテックの次に来る「エイジテック」 巨大シニア市場を席巻するテクノロジー

パンデミックが変えたシニアのテクノロジー利用

医療の発達や生活環境の向上などで人間の寿命は伸び続けており、いまでは「人生100年時代」といわれるまでに至っている。

これまで高齢化社会について議論されるとき、「医療費増大」などネガティブな側面にフォーカスが向けられがちだったが、近年では「アクティブ・シニア」などポジティブな側面への言及も増えている。

一般的に、メディアやリサーチ会社が消費者市場について語るとき、ミレニアル世代(20〜30代)やZ世代(10〜20代)などデジタル消費が活発な若い世代に焦点を当てることが多い。実際、「ネット時代」「ソーシャルメディア時代」などと呼ばれる現代において、新たな消費トレンドを作り出しているのは、これらの若い世代。ビジネスパーソンに注目されやすい世代であるのは間違いない。

しかしパンデミックをきっかけに状況は大きく変わってきている。ロックダウンや外出自粛により、デジタルデバイスやデジタルサービスの利用を余儀なくされたシニア層のデジタル化が進み、デジタル経済における主要な消費者グループとして台頭し始めているのだ。

もともと若い世代に比べ、時間と資金に余裕のあるシニア層。デジタル経済での消費活動が活発化すれば、若い世代にも影響を及ぼす消費トレンドを作り出す可能性も十分にある。

米国にある退職者団体AARPのレポートによると、同国50歳以上の人口は約1億1740万人で、全人口の35%を占める。その経済規模はGDPの40%に相当する8兆3000億ドル(約870兆円)に上ると推計しているのだ。米国の50歳以上の人々だけの国をつくったとすると、その経済は、米国、中国に次ぐ世界3番目の規模になる。

冒頭で述べたように、いまは「人生100年時代」。50歳以上の人口は増え続ける計算になる。AARPは、2050年には米国50歳以上の人口は1億5730万人に増加し、経済規模は28兆2000億ドル(約2960兆円)に達すると予想している。特に、金融サービス、保険、ヘルスケア分野が活発化する見込みという。

シニア発のデジタル消費トレンドが生まれる時代

これまで、こうしたシニア市場におけるサービスやプロダクトは、非デジタルなものが前提となっていた印象がある。しかし、デジタルサビーなシニア層が登場したことで、シニア向けのデジタルサービスやデジタルプロダクトの重要性が高まったといえる。

この傾向は年が経つにつれ顕著になってくる。なぜなら、いまデジタル経済の主要な担い手であるミレニアル世代もZ世代も2050年には50歳以上になっているからだ。2050年には、いまシニア向けに提供されている非デジタルなサービスやプロダクトがデジタル化するのは必然ともいえる。

こうしたシニア市場の拡大やシニアのデジタル化という状況を背景に、起業家や投資家の間で注目され始めているのが「エイジテック」という分野だ。

文字通り、シニア消費者を対象にしたテクノロジーサービス/プロダクトを指す言葉。

ニューヨーク、ロンドンを拠点とするベンチャーキャピタル企業Nauta Capitalの、ドミニク・エンディコット氏がForbes誌に語ったところによると、現在、テクノロジーを活用した金融サービス「フィンテック」が世界的な広がりを見せているが、現在のエイジテックは、10年ほど前のフィンテックと同様の状況にあるという。

シニア向け通信サービス会社GreatCall社のウェブサイト
https://www.greatcall.com/

Nauta Capitalは、シニア向け通信機器販売・サービスのGreatCallというスタートアップに投資をしていた。GreatCallは、2018年8月に米家電量販店大手Best Buyに8億ドル(約840億円)で買収され、Nauta Capital最大のエグジットになった。

この経験で、エイジテックの可能性を確信したエンディコット氏は、2019年エイジテックに特化ベンチャーキャピタル「4Gen Ventures」を設立、同分野のスタートアップを精査し、投資を始めている。

世界のエイジテック市場は73兆円、今後も拡大余地あり

エンディコット氏曰く、現在広く普及しているフィンテックだが、2007年頃に「フィンテック」という言葉を使い、同分野への投資をしていた起業家や投資家はほんの一部だったという。いまのエイジテックの状況は、これに似ていると指摘している。

エイジテックの市場規模について、エンディコット氏は以下のように見立てている。2018年の世界GDPは87兆ドル(約9100兆円)。そのうちシニア経済は20%ほどを占めており、規模は17兆ドル(約1785兆円)になる。IMFの推計では、世界GDPに占めるデジタル経済の割合は8%。シニア層におけるデジタル普及率は平均より低いと仮定し4%とすると、世界のエイジテック市場は約7000億ドル(約73兆5000億円)となる。高齢者割合と高齢者のデジタル化の2要素は今後拡大することが見込まれるため、市場規模は急速に拡大することになる。

米国ではすでに大手テック企業による高齢者向けサービスが展開されている。たとえば、ウーバーの競合Lyftは、上記高齢者通信サービスGreatCallと提携し、高齢者向けの配車サービス「GreatCall Rides」を提供。GreatCallは、高齢者でも使いやすいモバイルデバイスを開発する企業。高齢者は、スマホを使わなくとも、GreatCallのモバイルデバイスから配車をオーダーできる。

「GreatCall Rides」紹介ページ
https://www.greatcall.com/services-apps/senior-rides-service-by-lyft

スポーツ/フィットネス分野のエイジテックも今後増えてくることが見込まれる。すでにサービス展開する企業としてBoldやMotitechが挙げられる。Boldは、高齢者向けの運動カスタマイズサービスを提供。高齢者向けにアレンジしたヨガプログラムなどをオンラインで展開している。Motitechもオンラインで老人ホーム向けの運動プログラムを提供する企業だ。

冒頭で紹介したように米国では50歳以上の人口割合は35%。一方、日本はすでに50%近くに達しているといわれている。日本の高い貯蓄率などを考慮すると、他国に先駆けエイジテック産業が開花するシナリオもあるのかもしれない。

侮れないシニアパワー、コロナ禍でも「長寿経済」は拡大する

「高齢者は社会・経済のお荷物」というのは本当?

「エイジズム」という言葉を聞いたことがあるだろうか。「レイシズム(人種差別)」や、「セクシズム(性的差別)」に倣った言葉で、「高齢者差別」のことだ。高齢者をステレオタイプ化し、偏見を持ち、差別することを指す。

ヘルスケアの普及や質の向上で、私たちの寿命は伸び続け、最近では「人生100年時代」といわれるようになっている。長く生きれば、身体的・知的能力の後退は仕方がないこと。そのたった一面だけを捉え、攻撃の対象にしている。

老人ホームを「現代の姥捨て山」だと嘲笑したり、高齢者福祉に税金があてられるのを納税する若者ばかりに負担がかかってかわいそうと文句を言ったり、高齢者を社会・経済の邪魔者扱いする傾向がある。

実はこれが大きな間違いであることをどれだけの人が認めているだろうか。

国民の長寿化がもたらす利益

街で自転車にまたがる高齢者の様子
Image by Martin Vorel from LibreShot.

「人生100年時代」は寿命の伸びを表しているのみに留まらない。人生の後半においても健康を維持し、生産性を維持することも意味する。これは人類が未経験だったことだ。

にも関わらず、シニアといえば、慢性病や認知症などと結び付け、長寿は社会・経済に負担をかけるだけという考えがいまだにはびこっている。

これが時代遅れであることを証明しているのが、米国のAARP(旧米国退職者協会)のエコノミスト・インテリジェンス・ユニットによる、『ロンジェビティ・エコノミー・アウトルック』という2019年末に発表された報告書だ。

「ロンジェビティ・エコノミー」は「長寿経済」と訳される。米国を例に挙げると、国民の長寿化によりもたらされる国全体へ影響は大きい。

50歳以上の人口や米国人の消費習慣、ワーク/ライフにおける嗜好に留まらず、米国全体に影響を与えていることが、同報告書を読めば一目瞭然。さらに、シニアが将来担う役割にも言及する。長寿化がもたらす経済・社会的可能性を具体的に挙げ、取り組み方を示唆している。

数字を見れば明らか、50歳以上人口の経済への貢献

街を手をつないで歩く高齢者夫婦
Image by pasja1000 from Pixabay

『ロンジェビティ・エコノミー・アウトルック』によると、米国内の50歳以上の人口は1億1740万人で、全人口の35%にあたる。うち4400万人が退職している。

50歳以上の人々が支出、仕事、税金を通して国内経済に貢献する額は8兆3000億USドル(約874兆円)でGDPの40%を占める。前回調査が行われた2013年時の7兆1000億USドル(約748兆円)からかなりアップしている。

年齢に関係なく国民の雇用にも大きく貢献している。8860万人の雇用の創生にも寄与しているのだ。これは全雇用者数の44%にも上る。賃金においても同様で、5兆7000USドル(約600兆円)に及ぶ。これは支払われる全賃金の46%だ。

税金もしかり。連邦税として1兆4000億USドル(約147兆円)、州税・ 地方税として6500億USドル(約68兆円)を納めている。各々全体の43%、37%を占めていることになる。

無報酬の仕事の価値は約79兆円にも

現役で仕事を続け、賃金を得て働く人がいる一方で、無報酬で仕事をする50歳以上の人もいる。無報酬の仕事には例えば、年を取った親や祖父母の介護、孫の世話、ボランティアなどが挙げられる。

親や祖父母の介護と、ボランティアは各々全体の55%、孫の世話は12%を、50歳以上の人びとが行っている。50歳以上が行うこうした無報酬の仕事を貨幣として評価してみると、親や祖父母の介護は2600億USドル(約27兆円)、孫の世話は3440億USドル(約36兆円)、ボランティアは1400億USドル(約15兆円)となる。合計では7450億USドル (約79兆円)にもなる。

社会で重要なポジションに就くシニア層

財務関連の情報を関係者に提供する企業、アドバイザー・パースペクティブがまとめた8月更新時の労働人口調査では、65歳以上の人々は2000年以降、労働人口における人数は約2倍に増えている。それが全労働者に占める割合は米国労働省労働統計局による年齢別労働人口調査で7%となっている。年齢を下げて55歳以上とすると、23%以上を占めるまでになる。

現在、シニア層の労働者は、経済全体で重要な位置を占める。55歳以上は、建設労働者の22%、製造業の労働者の25%を占める。また農業従事者の平均年齢は58歳。医療保険業界では、開業医の3分の1が60歳以上、病院で働く公認看護士の4分の1が55歳以上だという。

さらに大きく成長が予測される「ロンジェビティ・エコノミー」

iPadでゲームをする高齢者女性の手元の様子
Image by Sabine van Erp from Pixabay

シニア層の経済面での貢献は、将来も続くものと考えられている。『ロンジェビティ・エコノミー・アウトルック』では、2050年までにGDPへの貢献は28兆2000億USドル(約3000兆円)に、賃金は2兆USドル(約210兆円)に、連邦税として5兆.8000億USドル(約611兆円)、州税・地方税として2兆5000億USドル(約263兆円)を納めることが予測されている。

同報告書で将来的に有望と分析されたのは、金融サービス、テクノロジー、看護・介護、不動産・建設、娯楽、教育の分野だ。中でも特に進むだろうと考えられているのがテクノロジーの分野だ。スマホとアプリ以上のアイテムを求める傾向にあり、スマートホームや、自動運転車、コンピュータでの遠隔教育に興味を持っているそうだ。

コロナでも、ロンジェビティ・エコノミーは拡大する?

今後もロンジェビティ・エコノミーはますます成長を続けることが予測・期待される中、今年に入ってすぐ未曾有の出来事が世界を席巻した。新型コロナウイルスのパンデミックだ。

シニア層が新型コロナウイルスに感染すると、病状が重くなることは今では誰もが知るところとなっている。米国疾病予防管理センター(CDC)によれば、米国においてコロナが原因で亡くなる人の10人に8人が65歳以上だそうだ。

科学全般に関する論文誌『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』で7月末に、カリフォルニア大学バークレー校の人口統計学者2人が発表した、米国におけるコロナによる死亡率に関連する論文では、コロナが寿命にどのような影響を与えているかに触れられている。

それによれば、コロナの影響で平均余命、余寿命ともに短くなっていることが分かり、前者では約3年、後者では約12年短くなったと筆者たちは計算している。

資産運用を行うアクサ・インベストメント・マネージャーズのロンジェビティ・アンド・バイオテック・ストラテジー部門で、資産運用の副責任者を務めるピーター・ヒューズ博士は、5月『ロンジェビティ・エコノミー・アウトルック』で将来有望と触れられている6産業分野のうち、テクノロジー分野は、コロナ後にも順調に伸びを続けるだろうと自社の報告書で語っている。

コロナ蔓延という負担が加わり、医療システムのキャパシティはギリギリにきている。テクノロジーを利用し、感染を心配せずに自宅でかかりつけの医者に相談ができる、「テレヘルス」はいまやブームともなっている。

依然としてパンデミックは続いている。人びとはコロナ以前とは違った生活を送るようになった。しかし変わらないこともある。それは、私たちが年を取るということ、そして高齢化が進んでいくということだ。

ヒューズ博士は、ポストコロナにはシニア層の消費パターンが変化するかもしれないが、推進力である「高齢化」という現象が続く限り「ロンジェビティ・エコノミー」も損なわれることはないと述べている。

企画・編集:岡徳之(Livit)

VRでシニアをアクティブにする仕掛け続々。フェイスブックはオキュラスでフィットネス産業へ参入

シニアを「アクティブ」する仕掛け

スポーツ/フィットネス界隈で関心を集める「アクティブ・シニア」。文字通り、高齢者でありつつも、スポーツを含め様々な活動に積極的に取り組むシニア層を指す。

高齢化がますます進展する国々において、医療費削減や経済効果などの観点からも注目を集めている。

このアクティブ・シニアには2つのタイプがあると想定される。1つは、すでに活動へのモチベーションが高く自発的に行動する「アクティブタイプ」だ。アクティブ・シニアという言葉が用いられるとき、暗にアクティブタイプを指している場合が多い。シニア層の中でも比較的若い層に多いと思われる。

もう1つは、行動するモチベーションが低いが何らかのきっかけや外部からの影響によって、活動的になる「パッシブタイプ」。シニア層の中では、このタイプの方がマジョリティーなのではないかと考えられる。身体を動かさない生活が長らく続き、活動的になることを諦めたものの、人間が元来持つ「好奇心」を刺激され、再び活動的になろうとする高齢者だ。

スポーツ/フィットネス産業がアクティブ・シニア市場を活性化させるには、後者のパッシブタイプを念頭に、如何に高齢者を「アクティブ」にするのかという課題に取り組む必要があるかもしれない。

ベンチで休む
一般的な高齢者イメージ
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この点で、VRは無視できないテクノロジーだ。VRは、活動的ではない高齢者のメンタルとフィジカルを刺激し、「アクティブ・シニア」に変化させる可能性を秘めているからだ。そのような研究結果がいくつか報告されている。

また、VR市場の主要プレイヤーであるフェイスブックは同社VR「オキュラス」に関してこのほど、最新機種「オキュラス・クエスト2」のリリースに加え、オキュラスVRにフィットネス機能を追加したことを発表。これまでゲームの文脈で語られることが多かったVRだが、フィットネスやウェルネス分野での活用が本格化する兆しを見せている。

以下では、VRがどのようにして高齢者を「アクティブ・シニア」に変貌させるのか、その可能性を探ってみたい。

オキュラスVRゲームでシニアがアクティブに?

フェイスブックが開発するVRヘッドセット「オキュラス」。同プラットフォーム上では、様々なVRゲームやコンテンツを購入することができる。

人気ゲームの1つ「ビートセイバー」。音楽に合わせて飛んでくるキューブを切り落としていくシンプルな音楽ゲームだが、娯楽性が高いことに加え、フィットネスの要素を含んでおり、非常に高い評価を受けている。

オキュラスVRゲーム「ビートセイバー」のウェブサイト
オキュラスVRゲーム「ビートセイバー」(オキュラスウェブサイトより)
https://www.oculus.com/experiences/quest/2448060205267927/

VRによる高齢者のアクティブ化において、ビートセイバーのようなVR音楽ゲームは重要な役割を担う可能性がある。

ビートセイバーは一見、若者向けのVRゲームだが、高齢者も楽しみながらメンタルとフィジカルを活性化させる要素を持っている。実際、オキュラスプラットフォーム上のビートセイバー販売ページレビューにおいて、あるユーザーから、自分が楽しむために購入したが、両親もこのゲームにはまってしまったというコメントが寄せられている。

また、別のユーザーは、自身の下半身が不自由であり義足をつけているが、ビートセイバーはそれに関係なく十分に楽しめること、さらには上半身のトレーニングにちょうど良いとのコメントを寄せている。

高齢者の中には、下半身が思うように動かなくなった人も多い。そのことが影響して、活動が不活発化したというケースは少なくないだろう。しかし、上記事例は、その状況を変えられることを示唆している。

またフェイスブックはこのほど、オキュラスVRにフィットネス機能を追加したことを発表。ビートセイバーなどでのカロリー消費量、運動時間、運動目標の進捗度合いをトラックできるようになっている。この機能は、高齢者に運動を続けるモチベーションを与えるものにもなり得る。

高齢者の嗜好に特化したデザインの重要性

ビートセイバーは高齢者向けにデザインされたものではない。もし、高齢者向けにデザインされた音楽VRゲームが登場すれば、より多くの高齢者をアクティブにできるかもしれない。

高齢者向けVRコンテンツ制作に特化した企業はすでに複数存在しており、これらの取り組みから得られるヒントは多いはずだ。米国のVR企業MyndVRの取り組みは興味深いものだ。

MyndVRウェブサイト
MyndVRウェブサイト
https://www.myndvr.com/vr-for-senior-living-communities

同社は、バンドがフランク・シナトラの曲を演奏する様子を360度カメラで撮影、あたかもコンサートの最前列でバンド演奏を視聴しているかのようなVR空間を作り出した。またこのVR空間では、他のオーディエンスは1950年代のファッションを身に着けており、高齢者が若い頃を思い出せる演出が施されている。

この取り組みでは、ビートセイバーのようなインタラクティブ性やフィットネス性はないものの、高齢者のメンタル活性化において効果があったことは間違いないだろう。

高齢者の「孤独」を解消し、「アクティブ化」する仕掛け

MITスローン経営大学院の卒業生らが立ち上げた高齢者向けVRスタートアップ「Rendever」の取り組みも、シニアを「アクティブ」にするヒントを与えてくれる。

同社創業者のリード・ヘイズ氏は、VRで高齢者のうつや孤独を解消したいというアイデアを持ち、スローン経営大学院に進学。同氏は、とある老人ホームでこのアイデアを試すことにした。

そこにいたのは、認知症を患う老人。車椅子に座り、ほとんど動かない。目もかすかに開いている程度。ヘイズ氏は、この老人にクラシックピアノ曲をBGMにゴッホの絵画が3次元で表現されるVR動画を視聴させた。すると、この老人にみるみる活力が戻り、笑いながら足を床にタップし、喜びを表現したというのだ。

この経験で、VR効果を確信したヘイズ氏はクラスメートとRendeverを立ち上げることになる。同社は、高齢者向けのバーチャル旅行やダイビング、またゲームなどのVRコンテンツを提供。またクラウドを活用し、多人数が同時に、同じVRコンテンツを共有できるソーシャルの仕組みを構築した。

Rendeverウェブサイト
Rendeverウェブサイト(https://rendever.com/)

パリへのバーチャル旅行を体験したとある高齢者が1955年にパリに行ったことがあり、そこには小さなカフェがあった、などと詳細な記憶を語り始めることもたびたびあるという。高齢化が進む米国でも、高齢者の孤独化は社会問題になっているようだが、VRによるメンタル刺激や体験シェアによって、同問題を大きく改善できる可能性が示されている。

VR市場の拡大にはヘッドセットの普及がボトルネックになっていると思われているが、今回フェイスブックが発表した「オキュラス・クエスト2」は299ドル。価格的な障壁はなくなりつつあると見て差し支えないだろう。 高齢化社会でVRはどのような役割を担っていくのか、今後の展開を楽しみにしたいところだ。

歳を取っても運動を続ける人はなにが違う? アクティブ・シニアを生み出す「4つ」の心理的・社会的要素

 急速に高齢化の進む日本。いまや日本人口の約4人に1人は65歳以上の高齢者となっている。昨年の政府統計によると、日本の高齢者人口は3587万人、過去最高の割合となった。

 このような人口構造の変化は、速度の差はあれ、世界各国で生じており、それに伴って、スポーツ産業も高齢化社会への対応という視点が求められるようになっている。特に「アクティブ・シニア」と呼ばれる、スポーツなどの趣味や地域活動に活発に取り組む層は、マーケティングの観点から重要なグループと認識されている。

 一般的に、歳を重ねるほどスポーツ人口は減る傾向にあるのだが、なぜ一部の高齢者はスポーツに積極的に取り組み続けることができるのか?

 これまで世界各国で行われた調査を概観すると、シニア層がアクティブにスポーツ参加を続ける心理的・社会的要素は大きく「4つ」に分けられるようだ。その理解を深めることは、高齢化社会におけるフィットネス・スポーツ産業を盛り上げるカギとなるのではないだろうか。

健康増進だけじゃない、高齢者のスポーツ活動参加4つの動機

 高齢者が運動する動機として、1つめの要素は「健康ファクター」だ。真っ先に思い浮かぶのが心身の健康増進、そして要介護状態の予防ではないだろうか。

 実際、日本でこれまで行われてきたアンケート調査でも、このような「健康ファクター」の回答が目立つ。運動が生活習慣病をはじめとした、多くの病気を予防することは広く知られているし、最近では足腰が弱る、転びやすくなるといった「歳だから仕方ない」とされてきた身体の不具合が、実際には運動である程度予防できることが分かってきた。

 しかし、このような「健康ファクター」以外にも、シニア層のスポーツ参加にとって重要な要素がいくつかあるようだ。

 その2つめは「競争/目標達成感ファクター」。「試合に勝ちたい」「より良い記録を出したい」「もっと上手くなりたい」といった競争心や目標達成感のことだ。これがスポーツに励む強力なモチベーションであることは周知の事実だが、シニアスポーツに関しては、体操や軽い筋トレのようなイメージが強いためか、競争や達成感は動機として想像しづらいところがある。

 しかし、このところバスケットボール、バレーボールなどのチーム競技、陸上、水泳、トライアスロンなどの単独競技まで、アクティブシニアが取り組むスポーツは多様化しており、この「競争/目標達成感ファクター」は無視できない存在となっている。

バスケットボールに取り組むシニアチーム(ESPNチャンネル)

 例えば、今年のパンデミックでは高齢者の活動性の低下が懸念されているが、アメリカの平均年齢80代の女子バスケットボールチーム「スプラッシュ」のメンバーが、ステイホームの最中でも、次の試合に向け、自宅周辺での持久力トレーニングやドリブル練習を続ける様子が話題となった。このチームのある選手は、若いころから憧れの競技だったバスケットボールをプレイするという目標を叶えるため、70代になってから練習を始めたという。

 3つめの要素は「コミュニティ・ファクター」だ。これは「住む地域のコミュニティとのつながりをもっと深めたい」「友達と一緒になにかに取り組みたい」など、既存の人間関係をさらに深めたり、帰属意識を感じたりしたい気持ちが、スポーツに取り組む動機になっているケースだ。

シニアがゴルフを行う様子
スポーツ参加を通じて新たな人間関係の構築を目指すシニアも(画像:PIXABAY)

  4つめが「ネットワーキングファクター」。こちらはすでにある人間関係を「深める」ためではなく、「新たな」人間関係を構築することが、スポーツ参加の意欲の源となっているような場合だ。

 職場や子どもの親同士といった、それまでの生活のおいて中核を占めていた人間関係が大きく変動するシニア世代では、新しい人間関係を構築する必要性を感じている人は多く、それがスポーツを始めるモチベーションとなっている。

 日本においても、高齢者向けサークル活動では、食事会のような交流系や英会話のような教養系に加え、テニスやゴルフといったスポーツ系の活動も人気となっている。

世界各国で盛り上がる、アクティブシニアを生み出す取り組み  

 このようなアクティブシニアを生み出す各要素にアプローチし、高齢者のスポーツ参加のモチベーションを高める取り組みが、このところ、世界各国で盛り上がりをみせている。

 平均寿命で世界一になったこともある欧州のアンドラ公国では、増加するシニア層の国民のスポーツ参加を促進するため、2016年より国際オリンピック委員会の資金提供を受け、アンドラオリンピック委員会、政府、自治体の協力のもと、初の高齢者スポーツ大会を開催した。

 初回大会には約400人の高齢者が、水泳や陸上競技といった13種類のスポーツで賞金獲得を目指し競い合った。大会に参加するシニア選手は、子どもを含む多様な世代の市民やスポーツ大会関連の専門家と一緒にイベント運営にも参加、世代を超えたネットワーキングをサポートするイベントともなったようだ。

 若いころと比べて、身体能力に大きな差が生まれるシニア層では、持病や障がいのある高齢者は競技スポーツへの参加が難しいのでは、という懸念はある。しかし、オーストラリアでは、ルールに修正を加えた「モディファイド(修正版)・スポーツ・プログラム」でこの問題に対処しようとしている。

  「モディファイド・スポーツ」とは、バスケットボールやサッカーのフィールドの広さを変えたり、走行やジャンプを禁止するといった修正を加えることで、より多様な健康状態の人が参加できるようにしたスポーツだ。

 すでに確立されている「モディファイド・スポーツ」以外にも、各種団体や個人向けに、新しい「モディファイド・スポーツ」クラブや大会の企画、運営を行うためのオンライン・マニュアルも用意されており、地域の様々な年代、多様な身体能力の住民が一緒に楽しめるようなスポーツを生み出す機会を提供している。

サーフィンを行うシニアの様子
シニア世代になってからサーフィンに取り組む人も(画像:PIXABAY)

 競技スポーツに限らず、その競技をよく知るインストラクターが適切な調整をすることで、かなりアクティブなスポーツにも高齢者が参加できるようだ。

 例えば、バランスや上半身の筋力など要求される身体能力は比較的高いものの、波を捉えたときの「達成感」が他にはない魅力の一つであるサーフィン。横で華麗に波に乗るベテランサーファーへの憧れがモチベーションになることもあり、シニア層の挑戦者が増えている。

 オーストラリアのサーフィンスクール「Lets Go Surfing」では、7歳から90歳までのあらゆるレベルのサーファーに適したプログラムを用意しており、日本の敬老の日にあたるイベント「シニアウィーク」では、シニアに向けた無料のサーフィンプログラムを提供、人気を博している。

 もちろん、寝たきり防止、生存率向上、健康寿命維持といった動機が高齢者のスポーツにおいて重要なことは間違いない。しかし、ますますアクティブなシニア層が増える昨今、運動しないと弱ってしまうという「恐れ」だけでなく、昨日より上手くなった、試合に勝った、仲間との一体感を感じられた、といったスポーツならではの「気持ち良さ」もモチベーションの源として、これからはもっとクローズアップされていくのではないだろうか。

企画・編集:岡徳之(Livit)

「介護予防」のイメージは時代遅れ。世界で拡大するシニア向けフィットネス市場・最前線

少子高齢化の進展を背景に、世界中でシニア向けのプロダクト/サービスが増えており、かつては若者向けのイメージが強かったフィットネス分野でも、シニア向け市場の開拓が盛んだ。

各国の広告代理店は「アクティブシニア」といったキャッチコピーを掲げ、シニア層の取り込みを狙ったプロモーションを多数展開。アクティブに運動する高齢者の写真や動画が多数使用されるなど、「シニア」のイメージはこのところ大きく変わってきている。

医療費の抑制・国家財政のサステナビリティという点でも、高齢者のエクササイズは国を挙げて推奨されるようにすらなっており、各国政府は高齢者の運動参加を熱心にサポートしている。

さらにこのところ、アクティブなだけでなくテクノロジーにも親しんだ高齢者による市場が形成されるようになった。シニア層のスポーツに関するWebメディアやアプリも次々とリリースされ、シニアフィットネスインフルエンサーも登場している。

世界各国で近年、どのようなアクティブシニア市場が誕生しているのか、その動向を追ってみたい。  

世界で進む高齢化と活発化する高齢者のフィットネス参加

高齢者のエクササイズというと、ウォーキングやストレッチなどの軽い運動をイメージする人も多いのではないだろうか。しかし近年、高齢になっても負荷をかけたトレーニングで筋力を向上させることで、よりアクティブな生活を送るために必要な自信と身体機能を獲得できることが広く知られるようになり、日本でも政府が積極的に「介護予防」として高齢者に向けてエクササイズの実施を推進してきた。

老人施設や病院などでも、まるでフィットネスジムのような筋力トレーニングマシンが導入され、高齢の親族に会うため施設や病院を訪問した際には、まるで街中のジムさながらの光景を目にすることも珍しくなくなっている。

このような高齢者向けのトレーニングが行われているのは、公的な施設や医療機関だけでない。最近は、高齢者やその家族から多様なサービスを求めるニーズが高まっていることが一因となり、民間事業者の参入も盛んになっている。

一般的なスポーツジムで高齢の利用者が増加していることに気づいている人は多いと思うが、中高年専門のパーソナルトレーナーなど高齢者に特化したサービスも登場。フィットネス市場は、ライザップのような激しいトレーニングで美しいスタイルと筋肉を手に入れたい若い世代だけでなく、アクティブな生活を送りたいシニアにもターゲット層を確実に拡大している。

高齢化はその速度の差こそあるものの多くの国が抱える問題なだけに、こうした変化は諸外国でも起きている。

シンガポールではコミュニティセンター内に負荷を100g単位で微調整できる機器を備えたシニア向けジムを設置。一般開放もされているが、55歳以上の市民が無料で使用できる日を定めることで健康増進のための活用を促している。市民からは「筋力を鍛えることで様々なことに取り組む自信がついた」など好意的な声が上がっているようだ。

南アフリカでもシニア向けに運動を推奨(Expresso Showより) 

南アフリカ共和国でも、シニアフィットネス協会が国家資格を持ったインストラクターによる柔軟性、バランス、スタミナ、筋力強化、有酸素運動で構成された、通いやすい価格のフィットネスプログラムを50歳以上に向け提供。フィンランドでは「生涯にわたる筋力トレーニングが例外ではなくルールである世界」をビジョンとする企業HURが、30カ国以上のシニアに高齢者向けエクササイズ機器を届けるなど、アジアからヨーロッパ、アフリカまで、各地でシニア層のフィットネス参加率、健康意識が高まり、高齢者を対象にした様々な製品やサービスが生まれている。

テクノロジーを活用したシニア向けフィットネス市場の拡大

さらにここ数年、より多くの高齢者がスマホやタブレット端末に慣れ親しむようになったことで、高齢者向けフィットネス市場においてもデジタル化が加速している。

Google Playでは今年、50歳以上の運動初心者に向けた「Seniors Beginner Workout – 20 Minutes Training」がリリースされた。ウォームアップ、筋力、柔軟性、バランスエクササイズ、クールダウンを含むこの20分間のエクササイズプログラムは、安定した椅子やペットボトルなどの重り、マットやタオルを準備すれば、自宅や職場で気軽に取り組めるようにデザインされている。こうしたアプリは、ジムに行くのはちょっと億劫、まわりの目が気になるという初心者にとって運動習慣をつけるきっかけになるだろう。

日本でも介護予防事業を展開するインターネットインフィニティ社が自宅でできる高齢者向けの運動アプリ「レコードブック」を提供。関節の痛みやめまいなどの症状を入力することでエクササイズをカスタマイズしてくれる、健康面の悩みを抱えがちなシニアにも取り組みやすいフィットネスアプリとして人気だ。新型コロナにより外出が制限され、高齢者の身体機能の低下が懸念された今年前半では、通常月額490円のプレミアム会員機能を期間限定で無償で提供したことで話題となった。

介護予防の観点から語られがちなシニアのエクササイズだが、Web上ではよりアクティブなシニア像も目立つようになってきた。

オーストラリアの情報サイト「Over60」は、60歳以上に向けた多様なコンテンツが人気のWebメディアだ。健康にフォーカスした「BODY」カテゴリでは食事の分析、ワークアウト、ヨガなどのおすすめフィットネスアプリを紹介しており、その内容は軽いウォーキングやストレッチだけでなく、8週間で5kmのランニングを完走できるランナーに変身といったアクティブなものも見られる。 

シニア世代のフィットネス・インフルエンサーも注目され始めた。2018年に娘の助けを借りてiPhoneとiPadの使い方を学び、インスタグラムに挑戦したカナダのジョーン・マクドナルドさんは、それまで関節炎やめまいといった既往のある、心臓の薬を飲んでいる70代の普通のおばあちゃんだった。

しかし、エクササイズに魅せられ、その進捗を投稿するようになったジョーンさんのインスタグラム(@trainwithjoan)アカウントは現在フォロワー85万人を超えるまでに成長。フィードにはトレーニングに励むジョーンさんの姿だけでなく、サプリメントやワークアウトに効くレシピなども並んでいる。

シニアフィットネスインフルエンサーの登場(Joan Macdonaldチャンネルより)

インスタグラムの利用者の年齢層は比較的若いが、「自分のアカウントをきっかけに、フォロワーたちが『自分の祖母や叔母がエクササイズを通じて健康になってほしい』と考えるようになれば」と語るジョーンさんは、インフルエンサーの名にふさわしい。

転倒などの事故やオーバーユース(使いすぎ)によって膝や腰を痛めてしまうリスク、抱えている病気への配慮など注意すべき点も多い高齢者のスポーツ。シニア層は若年層に比べ、身体の状態の個人差が大きくなっており、それぞれにあったプログラムを無理なく行うことが重要なのはいうまでもない。アクティブに活躍するシニアたちの姿は刺激になるが、自己流のエクササイズで逆に通院が必要になってしまうケースは避けなければいけない。

しかし、そういった運動によるリスク以上に「運動しないことによるリスク」はシニア層にとって大きいだろう。医療や介護の専門家のサポートのもと、シニアフィットネスがデジタルとの融合で今後もさらに成長していくことを期待したい。

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