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ティップネス・キッズの会費収入が過去最高、スイミング事業の再構築に取り組む同社の現在地

総合スポーツクラブを展開するティップネスは、現在スイミングスクール事業の改革・再構築に取り組んでいる。同社のスイミングスクールは、事業ブランド「ティップネス・キッズ」会員の約8割が通っており、キッズ領域の主力事業だ。

同社は、これまでスイミングスクールが提供してきた「水泳が上手くなること」から、さらに本質的な「子供の成長」にフォーカス。具体的には、文部科学省が推進する「アクティブラーニング」をスイミングレッスン内で実現し、子供が受け身ではなく能動的に学習に向かう姿勢を育むことで、結果的に「水泳の上達」と「子供の成長」の2つを実現しようとしている。


※本記事は、2023年3月28日に公開した記事「ティップネスがスイミングスクール事業を『再構築』その背景を聞く」に続く内容となります。是非こちらの記事もご覧ください。


しかし、日本のスイミングスクールにおける「学習体験」は数十年にわたり変化が起きておらず、これまでスイミング各社は一様なサービスを提供し続けてきた。差別化といえば、月会費の安さや送迎バスの有無などに限られており、スイミングスクールにおいて「アクティブラーニング」を実現するのは、極めて難しいと考えられていた。

この状況を変えたのが、ソニーネットワークコミュニケーションズが開発したスマートスイミングレッスンというレッスンソリューションサービスだ。スマートスイミングレッスンは、専用カメラをプールに設置し子どもたちの泳いでいる様子を動画で撮影する。撮影した映像はレッスン中にその場で閲覧することができ、さらに進級テスト等の映像はAIが自動編集、クラウドシステムを通じて生徒一人一人のアカウントに配信することもできる。

このソリューションによってスイミングレッスンの様子は一変する。まず生徒たちはレッスン前に「お手本動画」を見て今日の課題を把握した上でレッスンに臨み、レッスンが始まると、コーチは「お手本動画」の内容について再度説明を行う。生徒は泳ぎ終わるとプールサイドで自身の泳ぎを動画で確認、自身の課題や達成できたことに気付きを得て次の泳ぎに活かすようになる。

こうした学習体験は、生徒が「自主的な課題発見と改善」に取り組み「達成」を実感する体験を促すため「アクティブラーニング」そのものと言える。

スマートスイミングレッスンは、2021年2月にサービスを発表。2021年5月にルネサンスが業界に先駆けて導入し、2022年4月にはコナミスポーツが導入。ティップネスは業界3社目として2023年6月からスマートスイミングレッスンの導入を開始した。

BEHIND THE FITNESSでは、ティップネスがスマートスイミングレッスンの導入を開始する前の2023年3月に、同社のスクール事業企画部 浦野氏とコミュニケーションデザイン部の橋口氏に、スマートスイミングレッスン導入に至った背景や戦略などについてインタビューを行っていた。

そこから約10ヶ月が経過、ティップネスは31店舗にスマートスイミングレッスンの導入を完了させた。同社が当時描いていたキッズ事業の「改革・再構築」が本格的にスタートするこのタイミングで、何を思い、何を課題に感じているのか、前回の続編に位置づける形でインタビューを実施した。

ティップネス・キッズの会費収入は過去最高に

ーー前回お話をお聞きしてから10ヶ月が経ちました。現在はどのような状況か教えていただけますか。(聞き手:BEHIND THE FITNESS 岩本)

浦野 裕氏(以下、浦野) 前回お話した時はスマートスイミングレッスン導入前でしたよね。あの後、2023年6月に1号店としてティップネス中野店へ導入し、そこから2023年12月までの約半年間で計画していた31店舗にスマートスイミングレッスンの導入をしました。現在、導入した31店舗全てで運用が始まっていますが、本格的な活用はこれからという段階です。

ーーかなりハイペースで導入されましたね。

浦野 そうですね。特に8月〜11月の4ヶ月は毎月6店舗がサービスインする状況でしたから、少し大変でしたね(笑)でも基本的にスケジュールが遅延する店舗もなく、お客様への告知、会費の変更、工事、システム面の連携なども全てスムーズに進みましたね。導入する店舗数も計画通りでした。

ーー本格的なサービス運用・活用はこれから。

浦野 はい。最初に導入した中野店でもまだ半年しか運用していませんし、12月に導入したお店はこれから運用というタイミングですからね。

ーー導入フェーズが終わったタイミングですが、業績への影響はいかがですか。

浦野 ティップネス・キッズ事業の9月単体の会費収入は過去最高で、9月以降も過去最高で推移しています。

ーー過去最高ですか、驚きです。要因はどういったものでしょうか。

浦野 要因としては、会費単価が上がったことと、会員数を減らさずに維持できたことですね。当社は2023年5月にエネルギー価格の上昇や物価高騰を反映した一斉値上げを実施しました。それとは別に、スマートスイミングレッスン導入店舗は、導入のタイミングで会費改定を行いましたので、お客様にとっては二段階の値上げになる店舗もあったのですが、想定よりも会員数が落ちずに前年並みで推移しまして、キッズ事業の通期着地見込みは前年比115%くらいの増収で推移しています。

ーー会員数を維持できたのは大きいですね。

浦野 そうですね。2023年は全体的に入退会が厳しかったのですが、それでも9月末の会員数は前年比100%でした。ただし、この数字はコロナ前の最大時に比べると92%(店舗数は4店舗減少)です。

ーー社内の反応はいかがですか。

浦野 おかげさまで、社内からは高く評価してもらっています。特に今は「コロナ禍からの再建途上」という状況ですから。会員数が減り、収入が減り、という中で「なにで赤字体質を脱却するか」というと、まずはコストを減らすことになってしまうわけですよね。

そういった状況の中で、スマートスイミングレッスンの導入は「新規投資」になります。コストをかけてでも回収できるか、というチャレンジをさせてもらっているわけですから、増収・過去最高という結果は目立つ事例かなと思います。

ーーそう聞くとよりインパクトがありますね。会費単価はどれくらい上がったのでしょうか。

浦野 会費単価は、改定前と比較すると大体110%〜112%くらいの上昇です。改定した単価を通年の会費収入に反映すると前年比118%くらいになるイメージですね。

ーースマートスイミングレッスン導入に伴う会費の改定に対して、会員さんの反応はいかがでしたか。スマートスイミングレッスン導入に対しても意見があったのではないですか。

浦野 たしかに、値上げを伴う導入なので厳しいご意見もありました。「オリンピック選手を目指すわけでもないのにいらないだろう」とか「値上げの口実のために(スマートスイミングレッスンを)使ってるんじゃないか」といったものですね。ただ、アクティブラーニングそのものの必要性を否定するご意見は基本的になかったと理解しています。ティップネスが好きで通ってくださっている方々だからこそ、期待を感じるご意見ももちろんあり、厳しい意見も期待の裏返しだと感じています。

ーーなるほど、値上げに対するハレーションは一部あったものの、価値を感じている保護者さんも多かったのではないかと。

浦野 そうですね、現時点でいうと期待をしてくださっている最中ということだと思っています。だからこそ、もっとスマートスイミングレッスンとアクティブラーニングの価値を浸透させなければと。そのためには、コーチたちが現場で今よりももっと有効にスマートスイミングレッスンを活用する必要がありますし、お客様の中にも「どう使うの?どう活用すればいいの?」と思っている方がまだ多いと思っています。

ーー既に新規入会のプロモーションや施策にもスマートスイミングレッスンが反映されているのでしょうか。

浦野 スマートスイミングレッスンをプロモーションや施策に落とし込めたのが、11月頃からなんですよね。当初行っていたプロモーション内容は、スタディスイム(スマートスイミングレッスン)の機能説明や紹介に留まっていたので、現在そこも見直しをかけまして、最近は「スイミングの短期・体験教室でスタディスイムを活用します」という訴求を開始しています。

画像:ティップネス・キッズ短期・体験教室LPの一部
※ティップネスは、スマートスイミングレッスンを会員に提供するにあたり「スタディスイム」という独自のサービス名称をつけて展開している。

ーーなるほど。短期・体験教室での反応はいかがですか。

橋口 佳司氏(以下、橋口) 最近ですと、10月から冬の短期・体験教室がはじまったので、そこでスマートスイミングレッスンの「ディレイ再生(撮影した映像が、指定した時間分遅れてプールサイド等に置かれたタブレットで再生される機能)」を子どもたちに体験してもらい、参加いただいた保護者様にアンケートでスタディスイムの感想を伺いました。

結果的に参加者の一部、大体170名くらいにご回答いただきまして。反応としましては「この機能(スタディスイム)に興味がない・必要がない」と回答された方は、170人のうち4人だけでした。これから入会する方にとっては「子どもにとって良いサービス」だと感じていただいているように思います。

ーーかなり良い反応ですね。

浦野 プロモーションに関しては、クリエイティブや訴求点を変えるだけではなくて、その広告を見て体験会や短期教室に参加していただいた子どもたちや保護者様の方が効果を実感できるように、コーチが(機能を)上手く使いこなすことも大事だと思っています。

なぜかというと、子どもが自宅でプールの準備をする、その時一緒に「お手本動画」を見る、プールに来たらお手本動画についてコーチから説明を受ける、レッスン内で「できた・できなかった」を動画で確認する、結果に対してコーチがフォローを実施する…というような「習慣」が、周囲の人との連携で作られていく必要がありますから。

ーー確かにそうですね。

浦野 ここについては、2月から社内研修を再度行っていく予定です。その目的は3〜5月の入会獲得に向けて、スマートスイミングレッスンを導入した意味や価値を改めて正しく理解し活用することで入会数のベースアップをすること。そのためにはアクティブラーニングの効果がそもそもどういうものか、31店舗に導入完了した今、改めて周知徹底する必要性を感じています。

しかも今なら、レッスンの風景がどう変わったか、子どもの声として「こういうことがわかりやすくなった」とか、コーチの視点でも「こういうことが伝えやすくなった」といったような効果・事例も各店舗から集まっていますから、導入前よりもさらに解像度の高い研修ができるようになると思います。

既存会員の約8割がスタディスイム(スマートスイミングレッスン)を活用

ーー値上げに対するハレーション以外で既存会員さんの反応や、今後の方針はどのようにお考えですか。

浦野 一旦は「まず使ってみました」という状況なので、今は会員の皆さんに「これは楽しいものだ」「良いものだ」と思っていただく階段を登っている途中かなと。その効果を判断する指標の設定も含めてソニーさんと取り組んでいるところです。それに加えて、今より私達も使いこなして、スマートスイミングレッスンが会員様にとってもコーチにとっても当たり前のもの、ひいてはティップネスのスタンダードにしていく。その結果、子どもの学習体験が変わってアクティブラーニングが推進されていく。この流れを確かなものにするべく、2024年にしっかり取り組んでいこうと考えています。

ーー利用率のような数値面の管理もされているんですか。

橋口 はい。利用状況などのデータ集計と、既存のティップネス・キッズ会員様向けのアンケートは定期的に行っています。アンケートは導入を進めている期間からとっていますね。

ーーアンケートの結果はいかがでしたか。

橋口 例えば、2023年11月に実施したアンケート、まだスマートスイミングレッスンの未導入店があった時期に、ティップネス・キッズ会員の保護者様に向けて行ったものですと回答数が1,245件ありました。その中で「スタディスイムを知っていますか?」という質問に「知っている」とお答えいただいたのが85.2%でした。ティップネス・キッズ会員の保護者様を対象としていますので、お子さんがスイミングに通われていない方も含まれていると考えると、この時点で認知・周知はそれなりにできていたのかなと思います。

ーースイミング会員のほとんどが、この時点で認知していたわけですね。

橋口 そうですね。「スタディスイムを活用していますか?」の結果を見ると、「普段閲覧できない家族に動画を見せている(活用している)」という回答が25%、「進級テスト配信動画を見て課題点を振り返っている(活用している)」という回答が25%、「お手本動画をレッスン前に自宅で見ている(活用している)」が11%となっていて、「活用していない」という回答が37%になり、まだこの時点では4割弱がスタディスイムを活用していないという結果でした。

ーー未導入店がある時点のアンケートと考えると、かなり高い活用率ではないですか。

浦野 そうですね。スタディスイム自体は、ティップネス・キッズ会員だったら即使えるというものではなくて、WEB(iTIPNESS)からスタディスイムを使うための別のログイン(スマートスイミングレッスンシステムへの会員登録)をしてもらう仕様になっているので、完全な100%にすることは少し難しいのですが、足元ではこの登録率が約80%になっています。そう考えると、昨年11月時点で「活用している」と回答された方が60%を超えていたのは良い結果かなと。

ーー整理すると、2023年11月に実施したアンケートの結果「活用している」と答えた方の合計が約60%で、31店舗に導入完了した2024年1月で約80%まで増えた。

浦野 そうですね。会員様の約8割が現在ご活用いただいています。

橋口 様々なご意見をいただく中で「スタディスイムを活用している」とご回答いただいた方のフリー記述を一部ご紹介すると、「少し監視カメラ感は否めないが、普段のレッスンは撮影ができないからありがたい」「進級テストの時の泳ぎの確認ができて良い」「思い出」といったご回答もありました。

ーー好意的な反応ですね。

浦野 仮に辛辣なご意見が多かったとしても、私としては反応頂けていることが有り難いですし、嬉しいと思っています。お客様の興味や関心があるからこそだと思いますし、仮に私達がその思いを裏切っているのだとしたら、その声にちゃんと答えていく責任があります。一方で声を出さずに退会されている方々もいらっしゃると思います。「まぁこんなもんだろう」と思っている方は、あえてコメントを出さないという方も多いので。そう考えると声が上がること自体が本当に大切で有り難いなと。

ーー今後は、既にご活用いただいている8割の会員さんには、さらに上手く使っていただく。未活用の2割の会員さんには、登録を促すフェーズになってくると。

橋口 おっしゃるとおりです。昨年の夏頃、ティップネス中野店のお客様2組にスタディスイムについてのインタビューをさせていただいたんです。その動画撮影をする中で、色々とヒアリングさせていただいたのですが、1人のお子さんがバタフライの級にいて、その子は右手があがっていなくて水面スレスレのフォームになっていた。でもお子さん本人はあまりその認識がない。

インタビューでは、その子とお父様にお話をお聞きしたのですが、インタビューの前日、夕食時にちょうどその話題になったんだと。それでお父様が「じゃあスタディスイムで実際の泳ぎの様子(動画)を見てみよう。」「(動画を見て)やっぱり上手く右手があがってないよね」みたいな会話があったとお話いただいたんです。私達が実現したい姿の一つはまさにこれで、こういう会話がご家庭で生まれることが望みなんですよね。

実際のインタビュー動画

ーーそれは理想的ですね。そういった事例や家庭が増えれば、全体的な活用も促進されていくのでは、ということですか。

橋口 おっしゃるとおりです。もちろん「別に子どもの泳ぎなんて別に家で見ないよ」といった声も確かにあります。それでも、もしお子さんが動画を見て興味を持ったときに、なにか子どもの成長や行動に「変化があるかも」と保護者様に感じ取っていただければ、良い流れになっていくんだろうなと思ったのは確かです。

ーーその流れを作るためには、現場のコーチの役割も重要になってきますか。

橋口 重要ですね。現場でスマートスイミングレッスンを活用するときに、生徒全員に対して「今日のこのフォームはこうだった」とフィードバックする時間を確保することは難しいのですが、絶対に自分の泳ぎが気になったり悩んだりしている子ってクラスにいるはずなので。大切なのは、その子だけでなく、その子の保護者様に対してもコミュニケーションをすることだと思っています。そうすると、まだ活用されていない2割の方への利用促進にもつながるのではないかと。

ーー保護者さんへのコミュニケーションですか。

橋口 例えば、悩んでいるお子さんの保護者様に対しては、映像を見せながら「うまくできなかった部分の説明と練習内容」それによって「お子様はどう変わったか?」うまくできた場合もその場面を見せて、コーチと一緒に保護者様からも褒めてもらうといったことです。

ーーコーチと保護者さんの両面から、子供の成長にアシストすることが重要だと。

橋口 動画を保護者様と一緒に見ながら「今日うまくいったポイントはここです!」「ここ褒めてあげてください」とお伝えして、そういった会話がご家庭で生まれれば、お子さんは絶対に自信を持つはずです。もしお子さんが結果が出ずに停滞したり、悩んだりしている時などは特にそうです。そんなときに保護者様がいかに励ますのか、これはやっぱり大事ですから。

2024年は店舗・現場への浸透に本腰、社内でマニュアル化を推進

ーーここまでお聞きすると、アクティブラーニングの実現に向けて、やはり店舗やコーチがスマートスイミングレッスンを現場でどう使いこなすのかが重要な印象です。導入は予定通り完了したとお聞きしましたし、導入前は研修もされていた。現場もそれなりに使いこなせているのではないですか。

浦野 導入はスムーズだったのですが、現場での運用や使いこなしていくという点に関しては、正直まだ課題が多いなと感じています。今は「できていないこと」を整理してマニュアル化する段階と認識していまして、2024年はここに注力します。

そもそもこのツールをどう使うのが最も効果的なのか、模索中であるとも言えます。導入前の社内研修はもちろんしましたが、説明している私達が、まだ実際に使ったことのない人間だったので(笑)今振り返ると、解像度はまだそこまで高くなかったかなと。

ーー導入前の研修はどういった内容だったんでしょう。

浦野 研修というよりは勉強会に近かったですね。スマートスイミングレッスンの紹介と機能の使い方、プールにいって「こういうふうに使えるよ」というレクチャーに留まっていて「このタイミングで必ずこう使いましょう」というところまで対応できていませんでした。このあたりは、実際に使ってみないとなかなか気付きが得られない部分ですね。

ーー確かにそうかもしれません。

浦野 ちなみに、導入前に1ヶ月間お試し利用していたのですが、どうしても「お試し」の感覚が抜けきらないのと、実際にしっかり運用してみないとやはり分からないなと。だから一旦割り切って、導入を優先しました。

ーー運用が始まって「もっとこうした方が良い」「こう使わなければ意味がない」が明確になってきたんですね。

浦野 そうですね。例えば「コーチにもっとこう使ってほしい」「レッスンの中で、こういう動画をこのタイミングで見せてほしい」みたいなことが、まだ伝わり切っていないなと感じています。現状では、各コーチがこれまで感じていた「(コーチ各々が)伝えづらいと感じていたポイント」だけでスマートスイミングレッスンを利用しているので、使い方が属人的になっているんですよね。

ーーうまく使えているコーチはいらっしゃるんですか。

浦野 スマートスイミングレッスンを「面白い」と感じているコーチは、積極的だし上手く使えているという印象です。ただ、コーチ間のグラデーションがあること自体が問題なので。

ーーだからマニュアル化が必要なんですね。

浦野 ええ、そうなんです。ただこれは、スマートスイミングレッスンの導入フェーズで私達がミスリードしてしまったことが原因で起きている問題なので、コーチたちが悪いわけではないんですよね。導入の仕方というかですね。

ーーどういうことでしょう。

浦野 最初にお話した通り、当社は6月に中野店でスマートスイミングレッスンを導入をして以降、毎月数店舗ずつ、半年で31店舗に導入をしました。これが全店舗一斉導入ならまだよかったのですが、私達は順次導入を進めている段階で「こういうものが導入されるから、先に導入した店舗で発生した事例を参考に使ってください」とやってしまった。

そうすると、導入したばかりの店舗は、そもそもがまだ分からないことだらけですから。事例を参考にして「うまく使う」というのはまたその先ですよね。結果的に店舗側の認識や意識にグラデーションが発生し、これが現場のコーチの使い方にも影響しているということです。

ーーなるほど。

浦野 しかも事例共有というアプローチだと、店舗側で「やる・やらない」の判断が起きてしまうんです。共有された事例を「取り入れる・取り入れない」の判断といいますか。これでは私達の「やってほしい」と思っている事例やナレッジが、店舗側では「やる」という判断に至らないので、店舗間でのサービス品質にも差がでます。だからマニュアル化を推進して解決しようと取り組んでいるところです。

アクティブラーニングでスイミングの存在意義と評価基準が変わる

ーースマートスイミングレッスン導入の背景にはアクティブラーニングを実現するという理由がありましたが、少しづつでもアクティブラーニングを実現できている実感はでてきていますか。

浦野 子どもの行動変化は既にありますね。子どもたちって「プールに来ること=楽しみ」じゃないと来ないんですよね。でもこれって「プールに来ること=泳ぐことが楽しい」わけではないことが多いんですよ。例えば25メートル泳ぎ終わったあとに、プールの中で遊んだり、後ろからきた子とじゃれたりしているのが、本人たちにとっては楽しい時間帯だったりするんです。でも私達にとっては、これは安全面や練習効率において弊害になるんです。最後までちゃんと泳いでほしいし、早くプールから上がらないと次の子がきてぶつかったりしてしまう。

ーーなるほど。

浦野 これが、スマートスイミングレッスンが導入されていて、自分の泳ぎがすぐに動画で見れる環境ができたら、子どもたちが自発的に最後まで泳ぐようになり、なおかつすぐプールから出て動画を見に行くようになったんです。私は高槻店ではじめてこの光景を目の当たりにしたんですが、今まで起きていた問題がこんなにあっさり解決するんだと、本当に感じたんですよね。

ーーそれはすごい効果ですね。

浦野 プールの隅で遊んでいるのは間違いなく楽しいだろうなと思うんですけどね(笑)でも、改めて子どもたちの動機やモチベーションを正しく理解することはすごく大事だと痛感していまして。「最後までちゃんと泳がないと、自分の動画の最後が見切れて見れない」とか「泳いだ後に自分の泳ぎを見たいから」というような動機やモチベーションがあれば、泳ぎ終わった後に、ちゃんとプールから上がって並んで見てくれる。この行動変容はものすごいですよね。それに加えて、コーチたちが「ちゃんと最後まで泳いで動画を確認してね」という声がけを徹底すればもっと変化が出てくると思います。

ーーかなり劇的な行動変容ですね。

浦野 本当のアクティブラーニングは、子どもたちが動画を見に行った後からなので、本当にアクティブラーニングが実現できているかの評価はこれからになります。現時点での評価は行動変容までですね。

ーー素人質問になりますが、今の親世代の「アクティブラーニング」に対する興味やニーズはどういった状況なのでしょうか。

浦野 そうですね…「アクティブラーニング」という言葉は知っていても、実際にどういうものかはあまり理解されていない方も多い印象です。スマートスイミングレッスンについても保護者様からは「なにか面白いものが入っているな」みたいな雰囲気は感じます。だから、実際に子どもがプールでどういうものを見ているか(泳ぎを撮影した動画を)お見せしたときに、保護者様の納得感が上がった感じは確かにありましたね。

ーー以前と今の親世代を比較すると、子どもに対する接し方や育て方に変化は感じますか。

浦野 アプローチの仕方やご意見の内容でいうと、以前は「受かった、落ちた」「言われたことをやった、やらない」というのが全ての評価でしたけど、最近は「何ヶ月も成長していない」というテストの結果でも、その中のプロセスの話を聞きに来られることが多いですね。要は「何も変わってないんですか、それとも何か出来るようにはなってるんですか」という感じです。

保護者様から「なにをどうしたらいいか、具体的なものも含めてヒントを与えてやってくれ」ということを求められることは増えているので、これまで私達も「受かった、落ちた」を紙で渡すだけだったわけですけど、そこは変わっていかないといけないポイントですね。

ーー親世代もアクティブラーニングを促す接し方が自然と強まっているんですね。今はアクティブラーニングについて啓蒙も並行してやらないといけない過渡期のような気もしていますが、もっと浸透して当たり前になれば、スタディスイムの活用率自体も自然に高まる気はしますね。

浦野 確かにそうだと思います。

ーー極端な言い方ですが、アクティブラーニングの成果を実感するのは保護者さん以外にいませんし、日常生活の中で子どもの行動や取り組み方を見て成果を実感するわけですよね。そう考えると、アクティブラーニングの効果をどう評価するか、という視点では「進級率」のような、これまで提供してきた指標はズレていく可能性もありますよね。

浦野 仰る通りで、以前と同様に進級できたとしても、子どもが「言われたことだけをやったもの」なのか「自分の頭の中で色々なことを模索して検討しながら前に進んだのか」の違いが、今は本当に大事なんですよね。当社で最近感じている変化の1つは、子どもたちが「上達することが楽しくて、休まずに来ている」ということだったりもします。

ーーそうお聞きすると、スマートスイミングレッスンを導入して実現しようとしていることは、スイミングスクールの在り方を変えるかもしれませんね。これまでのスイミングスクールは「水泳の上達」を担う場所の要素が強かったものが、スイミングレッスンを通して「人格形成」や「自律性・自発性を発揮できる人間性を育むこと」の一部を担う場所になるかもしれない。

浦野 本当にその通りです。私達は「子どもたちの成長」を変えるために、学校教育としっかり手を組んで歩もうと決めたわけですから。だから進級率が上がることを目的にしてしまうと、多分それはもう企業目線でしかないんですよね。もちろん1つの評価基準ではありますが、子どもたちにとってそれは「他人との比較」になります。だからその評価基準はタイミングとかバランスによって変わっていくかもしれませんよね。

子どもたちの学びが変わっていく、興味が変わっていくことを「進級率」だけで評価をするのではなくて、子どもたちが「楽しいから継続する期間」だったり、保護者様から見た変化や、子どもたちが入会前と入会後でどういうふうに変わったのか、といったことをアンケートやヒアリングを通して抑えないといけないですよね。

ーーティップネス・キッズに以前通われていた兄弟・姉妹がいる保護者さんに対して「今通っている子は、兄弟・姉妹に比べて(物事への取り組み方に)どんな違いがあるか」といったことを定期的に確認させてもらうような形もあるかもしれませんね。

浦野 そういうことですよね。あとは出席率や継続率の変化は分かりやすいかもしれませんし、改めて「子どもの興味」が大切だなと感じています。このあたりは導入が完了した今のフェーズでは、まだ大きな変化は出ません。1年後か2年後なのか分かりませんが、ここは中長期で評価基準の再設定も含めて見ていく必要があるなと思っています。

ーー大事なポイントですね。

浦野 事業者としては「お客様からの評価」が全てだと思うんです。それこそ他社との差別化なのか、ティップネス・キッズならではの武器になっているか、そこが一番の狙いですから。その成果を生み出すための準備が最も必要で、そのために今は課題を整理して、改善に向けて一生懸命やっているところですね。

ティップネス・キッズのスイミング事業は、まだ再構築の途中

本記事のインタビューはティップネス綾瀬店で行った。

ーーここまでお話をお聞きすると「奮闘中」という印象を受けます。まだスイミング事業の再構築は「途上」という認識でよいでしょうか。

浦野 まさに途上・渦中ですね。全部やり直していますから(笑)事業の再構築に対して、従業員それぞれの熱量って時期やタイミングによって差はあるんですけども、心強いのは、私達が示した方向性に変えていこうという意思に対して、会社は満票で理解を示してくれているということです。期待値も高い。「私達は変わるんだ」ということに対しては、会社だけでなくお店のスタッフたちの期待値も高い状態です。

ーーそれは心強いですね。

浦野 本当に有り難いです。ただ、スマートスイミングレッスンの機能の使い方で言えば「求められていること」と「こうあらねばならないこと」をどう上手くまとめるか。ここは現場も一生懸命取り組んでくれてはいるんだけれども、優良事例をどう現場に浸透させるかという点では、お店の事情や人の事情で強く落とせないところもあれば、うまくいく店舗もある。この濃淡が起きているところは課題として捉えています。変革のもどかしさですね。

ーーティップネス・キッズとしては、まず「収益面」で改革の成果が出ました。

浦野 そうですね。とはいえ「どこで満足するか」だと思います。収益を求めるのか、仕組みを入れるだけでいいのか、子どもの学びを変えるのか、どこをゴールにするか。当社の場合、収益面はもう達成していると言ってもいいわけです。でもスマートスイミングレッスンを通じて達成したいことはそれだけじゃないですからね。掲げた理想の実現、アクティブラーニングの実現はまさにここからだと思っています。