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2020年9月25日 分析と解説

歳を取っても運動を続ける人はなにが違う? アクティブ・シニアを生み出す「4つ」の心理的・社会的要素

 急速に高齢化の進む日本。いまや日本人口の約4人に1人は65歳以上の高齢者となっている。昨年の政府統計によると、日本の高齢者人口は3587万人、過去最高の割合となった。

 このような人口構造の変化は、速度の差はあれ、世界各国で生じており、それに伴って、スポーツ産業も高齢化社会への対応という視点が求められるようになっている。特に「アクティブ・シニア」と呼ばれる、スポーツなどの趣味や地域活動に活発に取り組む層は、マーケティングの観点から重要なグループと認識されている。

 一般的に、歳を重ねるほどスポーツ人口は減る傾向にあるのだが、なぜ一部の高齢者はスポーツに積極的に取り組み続けることができるのか?

 これまで世界各国で行われた調査を概観すると、シニア層がアクティブにスポーツ参加を続ける心理的・社会的要素は大きく「4つ」に分けられるようだ。その理解を深めることは、高齢化社会におけるフィットネス・スポーツ産業を盛り上げるカギとなるのではないだろうか。

健康増進だけじゃない、高齢者のスポーツ活動参加4つの動機

 高齢者が運動する動機として、1つめの要素は「健康ファクター」だ。真っ先に思い浮かぶのが心身の健康増進、そして要介護状態の予防ではないだろうか。

 実際、日本でこれまで行われてきたアンケート調査でも、このような「健康ファクター」の回答が目立つ。運動が生活習慣病をはじめとした、多くの病気を予防することは広く知られているし、最近では足腰が弱る、転びやすくなるといった「歳だから仕方ない」とされてきた身体の不具合が、実際には運動である程度予防できることが分かってきた。

 しかし、このような「健康ファクター」以外にも、シニア層のスポーツ参加にとって重要な要素がいくつかあるようだ。

 その2つめは「競争/目標達成感ファクター」。「試合に勝ちたい」「より良い記録を出したい」「もっと上手くなりたい」といった競争心や目標達成感のことだ。これがスポーツに励む強力なモチベーションであることは周知の事実だが、シニアスポーツに関しては、体操や軽い筋トレのようなイメージが強いためか、競争や達成感は動機として想像しづらいところがある。

 しかし、このところバスケットボール、バレーボールなどのチーム競技、陸上、水泳、トライアスロンなどの単独競技まで、アクティブシニアが取り組むスポーツは多様化しており、この「競争/目標達成感ファクター」は無視できない存在となっている。

バスケットボールに取り組むシニアチーム(ESPNチャンネル)

 例えば、今年のパンデミックでは高齢者の活動性の低下が懸念されているが、アメリカの平均年齢80代の女子バスケットボールチーム「スプラッシュ」のメンバーが、ステイホームの最中でも、次の試合に向け、自宅周辺での持久力トレーニングやドリブル練習を続ける様子が話題となった。このチームのある選手は、若いころから憧れの競技だったバスケットボールをプレイするという目標を叶えるため、70代になってから練習を始めたという。

 3つめの要素は「コミュニティ・ファクター」だ。これは「住む地域のコミュニティとのつながりをもっと深めたい」「友達と一緒になにかに取り組みたい」など、既存の人間関係をさらに深めたり、帰属意識を感じたりしたい気持ちが、スポーツに取り組む動機になっているケースだ。

シニアがゴルフを行う様子
スポーツ参加を通じて新たな人間関係の構築を目指すシニアも(画像:PIXABAY)

  4つめが「ネットワーキングファクター」。こちらはすでにある人間関係を「深める」ためではなく、「新たな」人間関係を構築することが、スポーツ参加の意欲の源となっているような場合だ。

 職場や子どもの親同士といった、それまでの生活のおいて中核を占めていた人間関係が大きく変動するシニア世代では、新しい人間関係を構築する必要性を感じている人は多く、それがスポーツを始めるモチベーションとなっている。

 日本においても、高齢者向けサークル活動では、食事会のような交流系や英会話のような教養系に加え、テニスやゴルフといったスポーツ系の活動も人気となっている。

世界各国で盛り上がる、アクティブシニアを生み出す取り組み  

 このようなアクティブシニアを生み出す各要素にアプローチし、高齢者のスポーツ参加のモチベーションを高める取り組みが、このところ、世界各国で盛り上がりをみせている。

 平均寿命で世界一になったこともある欧州のアンドラ公国では、増加するシニア層の国民のスポーツ参加を促進するため、2016年より国際オリンピック委員会の資金提供を受け、アンドラオリンピック委員会、政府、自治体の協力のもと、初の高齢者スポーツ大会を開催した。

 初回大会には約400人の高齢者が、水泳や陸上競技といった13種類のスポーツで賞金獲得を目指し競い合った。大会に参加するシニア選手は、子どもを含む多様な世代の市民やスポーツ大会関連の専門家と一緒にイベント運営にも参加、世代を超えたネットワーキングをサポートするイベントともなったようだ。

 若いころと比べて、身体能力に大きな差が生まれるシニア層では、持病や障がいのある高齢者は競技スポーツへの参加が難しいのでは、という懸念はある。しかし、オーストラリアでは、ルールに修正を加えた「モディファイド(修正版)・スポーツ・プログラム」でこの問題に対処しようとしている。

  「モディファイド・スポーツ」とは、バスケットボールやサッカーのフィールドの広さを変えたり、走行やジャンプを禁止するといった修正を加えることで、より多様な健康状態の人が参加できるようにしたスポーツだ。

 すでに確立されている「モディファイド・スポーツ」以外にも、各種団体や個人向けに、新しい「モディファイド・スポーツ」クラブや大会の企画、運営を行うためのオンライン・マニュアルも用意されており、地域の様々な年代、多様な身体能力の住民が一緒に楽しめるようなスポーツを生み出す機会を提供している。

サーフィンを行うシニアの様子
シニア世代になってからサーフィンに取り組む人も(画像:PIXABAY)

 競技スポーツに限らず、その競技をよく知るインストラクターが適切な調整をすることで、かなりアクティブなスポーツにも高齢者が参加できるようだ。

 例えば、バランスや上半身の筋力など要求される身体能力は比較的高いものの、波を捉えたときの「達成感」が他にはない魅力の一つであるサーフィン。横で華麗に波に乗るベテランサーファーへの憧れがモチベーションになることもあり、シニア層の挑戦者が増えている。

 オーストラリアのサーフィンスクール「Lets Go Surfing」では、7歳から90歳までのあらゆるレベルのサーファーに適したプログラムを用意しており、日本の敬老の日にあたるイベント「シニアウィーク」では、シニアに向けた無料のサーフィンプログラムを提供、人気を博している。

 もちろん、寝たきり防止、生存率向上、健康寿命維持といった動機が高齢者のスポーツにおいて重要なことは間違いない。しかし、ますますアクティブなシニア層が増える昨今、運動しないと弱ってしまうという「恐れ」だけでなく、昨日より上手くなった、試合に勝った、仲間との一体感を感じられた、といったスポーツならではの「気持ち良さ」もモチベーションの源として、これからはもっとクローズアップされていくのではないだろうか。

企画・編集:岡徳之(Livit)