オンラインのフィットネス業界誌

Twitter Facebook
2022年10月20日 分析と解説

2ヶ月で8店舗閉店、RIZAP「ボディメイク事業」はもうダメなのか?

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000183.000030866.html

コンビニジムという期待感の持てる新業態「chocozap(ちょこざっぷ)」への投資強化を打ち出したRIZAPグループ社。一方で、これまで同社の成長を牽引してきたボディメイク事業(パーソナルトレーニング事業)は、9月・10月に計8店舗を閉鎖(予定)するなど、成長のシンボルではなくなりつつある。

今回の閉店は、東名阪エリアの店舗で行われる。9月末で閉店したのは、神田店・代々木上原店・千種店・豊中店、また10月末での閉店予定は府中店・神楽坂店・三軒茶屋店・蒲田店の合計8店舗だ。

ライザップは全国でサービスを提供するため、特に地方では1店舗のみを置く県も複数あるが(鳥取県・島根県は店舗なし)それらは対象になっていない。そのため、中核都市における1店舗あたりの商圏距離を広げ、不採算店の閉店を行うことで、ライザップ事業の縮小均衡・筋肉質化をすすめる取り組みの一環とも推測される。

一方で、今回の8店舗の閉店も含め、やはり最盛期からの勢いは失われており、「ボディメイク事業はもうダメで、これを捨ててちょこざっぷに鞍替えするのだろう」という見方も少なくない。そこで、本稿ではライザップ「ボディメイク事業」の現在の姿と、最盛期からの変化、その間に何が起き今後どこを目指すのか開示された資料を元に分析していく。

ライザップはフィットネス業界を大きく変えた

ライザップは1号店を2012年2月にオープンして以降、強気なプライシングと広告戦略で一気に事業を拡大した。パーソナルトレーニング業態を全国に認知させ普及させただけでなく、その歩みの過程で、1ルームマンションでもジムを開業し経営できることを証明した。

その結果、マンションジム形式で独立するトレーナーが増加、異業種からの参入も増えた。それまでフィットネス業態は初期投資が高いため、資本力のある企業のみが取り組んでいた市場だった。それがマンションジム・パーソナルジムの出現により、個人でも参入できる開かれた市場になった。

そういった意味でも、ライザップのフィットネス業界への貢献は計り知れない。未だライザップはパーソナルトレーニングの代名詞であり、筆者はライザップ以前と以降でフィットネス業界は別の物に変容したとすら考えている。

同社のフィットネス業態へのアプローチは未だ切れ味鋭く、打ち出した新業態「ちょこざっぷ」は、おそらくフィットネスの低価格化をさらに加速させ、フィットネス業界を一歩前にすすめるエポックメイキングな事例になるだろう。同社が変わらず「業界の変革者」として君臨し続けることは想像に難くない。

RIZAP「ボディメイク事業」店舗数と累計会員数推移
画像:RIZAPグループ株式会社の開示資料からBTF編集部作成

最新の開示資料によると、RIZAP「ボディメイク事業」の累計会員数は2022年6月末で17.9万人、店舗数は123店舗となっている。ここまで累計会員数も順調に積み上がっているように見えるが、店舗数は2019年3月末の130店舗をピークに微減ペースに転じ、足元は123店舗となっている。過去の四半期推移では2店舗以上が減少したことはなく、今回の2ヶ月で8店舗閉店のインパクトは大きい。

一体、ライザップに何が起きているのか。全ての事業にはライフサイクルが存在する。事業ライフサイクルは、導入期に始まり、成長期・成熟期・衰退期と続く。当然、それはRIZAP「ボディメイク事業」にも当てはまる。果たして今のRIZAP「ボディメイク事業」は、成長期に留まることはできているのだろうか。

グループの中核「RIZAP株式会社」は年商200億超

RIZAPグループの中核会社で「ボディメイク事業」を展開するRIZAP株式会社の業績を見ると、コロナ禍で大きく減収したものの、同社の業績は比較的堅調で、最新の2022年3月期は売上高213億円、経常利益9億円、当期利益6億円の黒字となっている。

RIZAPグループ株式会社の開示資料からBTF編集部作成

但し、この業績は同社の事業規模を感じるため、あくまで参考程度に見ていただきたい。その理由として、RIZAP株式会社はボディメイク事業以外に、RIZAPゴルフ、EXPA、RIZAP WOMAN、RIZAP関連事業など複数業態を展開しているため、純粋なボディメイク事業のみの実態を掴みづらいからだ。(関連事業であるRIZAPブランド商品の物販売上水準がかなり高い可能性もある)とはいえ、店舗数の内訳から考えるとボディメイク事業の比率は相応に高いと推測はできるが、それでもあくまで推測である。

そして同社は会計基準をIFRSに変更しているため、減損分が営業利益のマイナスとして表示されるなど、日本の会計基準の「営業利益」「経常利益」に当たる実態が掴みづらいことも理由の1つだ。最新の中期経営計画では、21年3月期の「RIZAP関連事業(chocozap含む)」の営業利益は▲624百万円の赤字だが、RIZAP株式会社の21年3月期 経常利益は430百万円の黒字となっており、実態とのギャップが生まれやすい。

さらに利益面・財務健全性面でも、同社はRIZAPグループの中核会社という特性上、親会社のRIZAPグループへの配当・経営指導料等の支払いによって利益水準を圧縮しており、(結果的に)あえて純資産を厚く持たない経営方針をとっていたことから、コロナ禍などの大きな外部環境の変化による減損、グループ会社の合併(例:2019年3月のRIZAPイノベーションの吸収合併)等で債務超過に陥りやすい状態にあるため、正面から分析してもあまり意味がない。

RIZAPグループ株式会社の開示資料からBTF編集部作成

ただ売上高の推移には若干のヒントがある。前述した通り2019年3月末の130店舗をピークに店舗数は減少しており、売上的にも2020年3月期は昨対比ほぼ横ばいとなっていることから、出店と売上の相関は若干感じられる。その後はコロナ禍で大幅な減収となっており、ここから今後の「ボディメイク事業」成長可能性を推察することは難しい。

しかし、先般「ちょこざっぷ」への投資計画と共に発表された中期経営計画を見ると、コロナの影響が緩和されてきた現在においても、RIZAP関連事業(注意:RIZAP株式会社の業績予想ではない)の売上高は今期23/3期で190億円とさらに減収見込みで、やはり「ボディメイク事業」の厳しさが垣間見える。

なにより「ちょこざっぷ」が本格的に業績貢献してくると計画している24/3期以降の売上計画は凄まじく、成長のシンボルが「ボディメイク事業」から「ちょこざっぷ」へと移行していることは間違いないだろう。

それでも依然としてRIZAP「ボディメイク事業」は、業界最大級の規模で展開されているパーソナルトレーニングジム事業であることに変わりはなく、この事業体がどのような状況に置かれ、今後どういった戦略で経営されていくのか、他の開示されたデータから深堀りしていきたい。

新規会員の獲得ペースが下げ止まらない

現在のRIZAP「ボディメイク事業」の状況を把握する上で、最もわかりやすいのは「新規会員を獲得できているのか」を確認することだ。同社の開示は千人単位での累計会員数がベースのため、細かな実態をなかなか掴みづらいところだが、四半期間の累計会員数の差分を見れば、各四半期でどれくらい会員が増えたのか(新規会員の増加数)がおおよそ分かる。

RIZAP「ボディメイク事業」新規会員の増加推移(累計会員数の前四半期との差分推移)
画像:RIZAPグループ株式会社の開示資料からBTF編集部作成

まず年単位でこれを見ると、実は2018年3月期をピークにして4期連続で減少が続いている。直近の2022年3月期の増加数は最盛期の2.7万人増に比べ半減以下の水準になっていることが分かる。コロナ禍の影響が多いと考える読者の方も多いかもしれない。しかし同社が最も新規会員獲得でコロナの影響を受けたのは2020年1月〜3月で、それ以降は入会数を戻している。これは四半期推移を見れば明確に分かる。

RIZAP「ボディメイク事業」新規会員数の四半期推移グラフ(累計会員数の前四半期との差分推移)
QoQ(昨対比)でプラスの四半期は水色の棒グラフ
画像:RIZAPグループ株式会社の開示資料からBTF編集部作成

四半期推移を見ると、コロナ禍を機に継続的な減少トレンドに入っていることが分かる一方で、それまでも実は新規会員の獲得は大きく伸びた四半期が少ないことが分かる。もちろん累計会員数のデータが千人単位でしか開示されていないため、数百人単位で昨対プラスの四半期が多いこともあるかもしれない。

データから分かる事実として、2016年3月期から直近まで29四半期の昨対比(YoY)をカウントすると、前年の四半期と比べて会員増加数がプラスになっている四半期は7四半期で、マイナスが10四半期、横ばいが12四半期となっている。つまり、新規会員の増加数が(千人単位で)明確に昨対プラスになった四半期は直近7期で25%に満たない。しかも、2021年1月〜3月に至っては、前四半期がコロナの影響をモロに受けて落ちていたことがプラスの要因であり、四半期の会員増加数は3,000人と過去の実績から見れば低水準だ。

とはいえ「安定した新規会員の獲得ができていたならいいじゃないか」「コロナで新規獲得が下がっているのはどこも同じ」と考える読者もいるかもしれない。しかし、ライザップにとって新規会員の獲得が「一定」であることは、意外にも厄介な問題だった可能性が高い。

1店舗が毎月獲得する新規会員は53名→5名まで減少

ライザップが1号店をオープンした当時、ライザップより先駆けて「パーソナルジム」を提供するジムは複数あった。しかし同社は戦略的・大規模な広告投資によって後方から一気に順位をまくり、業容を拡大させた。

画像:RIZAPグループ株式会社の開示資料からBTF編集部作成

最盛期の状況をリアルにイメージするため、データをブレイクダウンして見ていくと、例えば、2014年6月末の店舗数は25店舗だったのに対し、前四半期からの会員増加数は4,000人(累計1.3万人→1.7万人)、1店舗あたりの平均会員増加数は四半期で160人、つまり1店舗が1ヶ月で獲得した新規会員数の平均は53.3人だった。普通に考えて店舗稼働率はパンクする水準だ。

ライザップの単価で毎月50人も会員獲得ができていたことを考えれば、1店舗あたりの売上も利益も相当な規模であることが容易に想像できる。実際、14/03期から15/03期は売上高も50億円から107億円に倍増している。しかも売上は前受金で受け取ることができるため、前受金勘定が増える反面、現預金も一気に増加する。事業成長によって資金調達も容易になる(傾向が高い)。

ライザップは店舗数が安定しても、1店舗の新規会員獲得数は減少し続けている
画像:RIZAPグループ株式会社の開示資料からBTF編集部作成

一方で、パーソナルジム業態において、既に支払いを終えた顧客から「予約できない」というクレームを受けることは、解約(返金)やセッションの未消化(前受金の固定)につながるため優先して避けるべきポイントだ。そのため、1店舗あたりの会員増加数を一定の水準まで「あえて下げる」ことは、むしろ必要な投資(出店)だ。そして、ライザップは全国に直営店を一気に展開した。

現場の稼働率がちょうど良い水準で収まっているうちは問題ない。しかし直近のデータを見ると、非稼働時間の発生可能性がある水準に入っていることが分かる。特にコロナ禍(2020年4月)以降、店舗数が横ばいもしくは減少しているにも関わらず、1店舗当たりの新規会員増加数は減少傾向が続く。

画像:RIZAPグループ株式会社の開示資料からBTF編集部作成

例えば、直近の2022年1月~3月は、1店舗当たりの平均会員増加数が四半期で16.3名(1ヶ月平均は5.4名)、2022年4月~6月は四半期で24.4名(1ヶ月平均8.1名)まで減少している。店舗数が100店舗を超えた後の2期間(2018年3月期・2019年3月期)は、毎月1店舗が平均約17.5名の新規会員を獲得していたが、直近の2022年3月期では平均8.8名と半減している。これは意図的に会員を各店舗に分散させるため(全国でサービスを展開するため)の出店をしていたころとは、少々異なる状況・水準に陥っていることが分かる。

またフィットネス各社の決算を見ても、コロナ禍前に比べ70%~90%程度まで回復している企業が多い中、表向き順調に会員が増加しているように見えるライザップは、新規会員の獲得ペースが下げ止まっていない。そのため、2ヶ月で8店舗の閉鎖というように、これまでにないペースで店舗を減らすことで、この状況にブレーキをかけ、残った店舗の稼働を維持する必要がある(縮小均衡策)とも推測できる。

ライザップが市場を活性化し、消費者の検索行動が変化

こうした状況の背景として、ある側面について考察したい。それは消費者の「検索行動(検索キーワード)の変化」だ。どの業界でも検索行動の背景には、消費者が探しているモノやコトの量が影響する。消費者にとっての選択肢の量とも言い換えられる。

ライザップによって、フィットネス業界は個人が参入できる市場に変化した。また、同社が四半期ごとに開示する凄まじい決算によって「パーソナルは儲かる」というイメージを知らしめた。その結果、パーソナルジムを提供するプレイヤーは大幅に増加した。消費者にとって「選択肢がたくさんある状態」での検索行動とCVまでの流れを推測すると、(例えば)以下のような流れになる。

①検索エンジンでKW「パーソナル(ジム)」で検索
②リスティング上位のHPをいくつか見る
③パーソナル比較サイトを見る
④数社に絞り込んで再度HPを見る
⑤体験に行く(決める)

この一連の行動は「複数の選択肢から選ぶ」ことを前提にした検索行動とその後の流れであることが分かるだろう。最近では、新興企業などが低価格でパーソナルトレーニングを提供、フランチャイズによる急速な店舗展開を行っている。消費者にとって、選択肢は未だ増えているわけだ。

では、ライザップが市場を席巻しはじめた2015年、2016年頃の検索行動はどうだっただろうか。今ほど、家の周りにもパーソナルジムは溢れていただろうか。都心ではなく地方で考えるとどうだろうか。そう考えていくと、答えは以下のような流れになる。

①KW「ライザップ」で検索
②ライザップの店舗一覧を見る
※リテラシーの高い層だけ近隣の「同業態」を探
③ライザップに体験に行く(決める)

当時、印象に残るテレビCMを全国的に唯一放映しているパーソナルジム(今でもテレビCMを実施しているパーソナルジムはほとんどない)はライザップだけだった。そもそもライザップのCMで初めて「パーソナルジム」という業態を知った消費者は多い。そうなると当然このような「指名キーワード」を起点とした検索行動になる。

「パーソナルってなに?ライザップのこと?」の減少

検索行動の起点が「ライザップ」という指名キーワードであるのはどういうことか。それは消費者にとって「パーソナル = ライザップ」であったということを意味している。

当時の消費者がCMを見て感じるのは「パーソナルジムという新しい業態・サービスが産まれた」という認識ではない。「新しいダイエットの選択肢としてライザップというものができた」という認識だったわけだ。これは、他社に先駆けてパーソナルトレーニング業態を「ライザップ」という代名詞でテレビCMを含め大々的に提案したことで「今度こそダイエットを成功させたい」と考える消費者に対し「ライザップに通うか、通わないか」の二択を与えるマーケティングだった。

それが、新規参入が急速に増加したことで一変した。消費者にとって「パーソナルジム・パーソナルトレーニング」という「業態名・サービス名」が一気に浸透した。その結果、ものの数年でライザップは選択肢の1つになってしまった可能性が高い。

ライザップ、パーソナル、パーソナルジムの3キーワードの検索量の比較(データ:Google Trends)
(注釈)2013年頃までの「KW:パーソナル」が指すものはパーソナルジム・パーソナルトレーニングに関係ない文脈での検索されている。主に「パーソナルエリア」「パーソナルカード」「ETCパーソナルカード」「パーソナルスタイリスト」「パーソナルカラー」「パーソナルコンピューター」といったキーワードが上位に該当。ライザップなど先発組が出店を開始した2013年に入り、パーソナルジム・パーソナルトレーニング関連のキーワードが徐々に検索され始めている。(画像)Google TrendsデータからBTF編集部作成

この変化は、Google Trendsで「ライザップ」と「パーソナル」の2キーワードを比較すれば一目瞭然。1店舗あたりの平均会員増加数が50名前後だった2014年・2015年頃は、まさに「KW:ライザップ」が「KW:パーソナル」を上回っている時期だ。

しかし、2016年4月には「KW:パーソナル」のを検索量が「KW:ライザップ」を逆転。それ以降は一度も検索量が超えることはなく、直近では低い検索量で推移していた「KW:パーソナルジム」にも抜かれている。この動向から「パーソナルは知らないが、ライザップは知っている」状態の消費者が、たった数年で変容したことが分かる。

つまり現在の消費者は、検索エンジンに「ライザップ」と打ち込むのではなく、まず「パーソナル」「パーソナルジム」と打ち込み、ライザップも含めた選択肢を探しているということだろう。

指名検索数は翌四半期の入会数を占う鏡

こうした検索行動の変化は、広告効率の観点から見れば由々しき事態だ。指名KWのボリュームが大きければ大きいほど、当然ながら広告効率は良くなっていく。しかし指名キーワードの検索ボリュームが年々縮小し、予算が消化できないと、今度は「パーソナルジム 地名」など競合の多いキーワードへ予算を投じざるを得ない。

そういったキーワードは、入札に対する競合が多く、相対的に広告効率を悪化させる要因になる。指名検索ボリュームの減少分をそういったキーワードでカバーするには広告予算をどれくらい見直し、また獲得効率の悪化をどこまで許容するのか、逐次調整と見直しが必要となる。

画像:RIZAPグループ株式会社の開示資料・Google TrendsデータからBTF編集部作成

四半期ごとの「KW:ライザップ」検索ボリュームと、四半期ごとの1店舗当り新規会員増加数のトレンドは、1〜3ヶ月ズレで(CVから入会までは、カウンセリングなどで少し時間がかかるため)ほぼ連動しており、指名検索ボリュームがいかに同社の会員獲得につながっているかが分かる。

もし「パーソナル 地名」といった競合の多いKW経由の会員獲得ができているのであれば、指名検索ボリュームが減っていても、新規入会数の推移は連動しない。いかに「指名で選ばれる」ことがマーケティングにおいて重要か分かるだろう。

「広告チキンレース」と「短期集中型」の苦悩

パーソナルジムのマーケットでは、毎年リスティングを中心として、ウェブ広告経由の獲得コスト(CPA)が上がっている。それは当然で、これまで述べてきたように、消費者の前提が「複数ある選択肢から探して比較して検討して決める」状況にあり、未だ店舗数(選択肢)が全体として増えているのだから、毎年CPAが高騰(獲得効率の悪化)するのは避けられない。

そしてなにより苦しいのは、パーソナルジムは「短期集中型のビジネスモデル」であることだ。広告効率が悪化して毎年CPAが上がっても、昨年よりも新規入会数が減ったとしても、広告を止めることはできない。止めれば3~4ヶ月で顧客はいなくなってしまうからだ。

「パーソナルジム」検索結果の画面
現在「パーソナル 地名」「パーソナルジム 地名」のcpcは500円〜1500円程度で推移

この状況は「どこが最初に広告を止めるか」を横目で見ながら走り続ける、さながらチキンレースの様相を呈している。先に広告を止めたり、予算を絞ったジムから脱落していく。低価格パーソナルの台頭で価格競争も起きており、粗利には毎年プレッシャーのかかる状況にある。現状「選択肢の1つ」になってしまったライザップも結局はこのチキンレースに参加することになり、顧客の獲得効率が悪化、新規獲得のペースに影響が出た可能性は高い。

もちろん広告手法は多様化しており、例えばアフィリエイトを活用すれば獲得CPAは一定に抑えることができるが、アフィリエイト経由での新規入会のみで成り立っている話はほとんど聞いたことがない。またSEOなどの対策も一筋縄ではいかず、それこそ自身も提携しているアフィリエイトメディアなどと上位を競う必要がある。

結局は、広告費の大半はリスティングやSNS広告などの運用型広告で、競合の多いキーワード中心であることに変化を起こせないでいる。この状況から抜け出すには、価格プランも含めてビジネスモデルを変える(短期集中型から脱却する)しか根本的な方法はない。

そのため、最近勢いを増す「低価格パーソナル」勢は、最初から短期集中・高単価のビジネスモデルを避けており、チケット制、小商圏、ドミナント出店、ポスティングなどアナログな販促手法といったように、全く別のビジネスモデルを構築している。

一方の高単価パーソナル勢も、短期集中型プランを終えた客向けにメンテナンスプランを提供したり、それこそ24時間型ジムを別業態で立ち上げ顧客を流すことでLTVを維持する事例なども見られる。新業態「チョコザップ」もこの流れの一環であると見ることができる。

サブスクよりも強烈な「登録料 40万円」のメリット

こうした流れの中で、ライザップ「ボディメイク事業」自体も短期集中型からの脱却を志向している。同社は、2022年2月からサブスク型プラン「RIZAPプライム」を提供開始。高単価は維持したままだが、売上の計上やサービス提供形式を大きく変えた。

同社の開示資料によると、2022年5月の新規入会者の内、44.8%をこのプライム会員として獲得しており、夏頃までには新規入会のプライム会員構成比80%を目指すとしている。これだけを見ると「サブスクなんてみんな意識している」「回数券や分割払いの言い方を変えただけ」と流されがちだが、ライザップの新プランを見るポイントは「登録料」にある。

(画像)RIZAPグループ株式会社 決算説明会資料より抜粋
https://ssl4.eir-parts.net/doc/2928/ir_material_for_fiscal_ym/117010/00.pdf

RIZAPプライムは、従来のプランと異なり、プライム登録料40万円(初期費用)を請求する代わりに、月額費用を通常の半額程度(セッション単価9,625円/税込)に抑える。売上の計上では、初期費用40万円を月額費用とは別に一定期間内で按分計上し、業績の安定化を図る。

RIZAPの2022年4月~6月の新規会員増加数は約3,000名、1ヶ月で約1,000名を獲得しているため、2022年5月だけで約450名前後がこのプライム会員プランでスタートしたことになる。これは登録料だけで約1.8億円にのぼり、1店舗で1ヶ月で約320万円の登録料を獲得したことになる。

しかし、ここで注目すべきは「登録料」がもたらす業績貢献以外の効果だ。元々、高単価のサービスを提供しているため、同社の許容CPAは数十万円と高い水準だった。大多数がRIZAPプライム会員に移行したとしても、40万円までのCPAであれば登録料として入り口で回収できるため、マーケティングチームとしても入会後のKPIトレンドをあまり気にせず、施策を仕切り直せる可能性が高い。これは従来の広告運用から考えれば、かなり大きなポイントだ。

またプライム会員であれば、短期集中型に比べ、1人の会員に対し中長期でサービスを提供できるため、新規会員がそこまで増加しなくても店舗稼働率(スタッフの稼働率)を安定させることができる。そのため、冒頭で触れた2ヶ月で8店舗閉鎖というトピックは、単純に「客がとれないから閉める」ということではなく、こうした改善施策があった上で、近隣店舗を集約・生産性を高める狙いがあるとも推測できる。

つまり「RIZAPプライム」は単純なサブスクや回数券とは全く異なるものということだ。高単価を維持しつつも、広告効率や広告戦略、ひいては店舗運営・生産性を改善させる「深い」狙いと戦略がある。

ライザップはテレビCMで爆発的な成長を実現

ライザップのボディメイク事業は成長が鈍化しているといっても、他のパーソナルジムと比較すれば、ライザップほどの高単価で、全国的に毎月約1,000名もの新規会員を獲得している存在は未だない。成長鈍化についても、過去のライザップに比べて、という話であり、他社と比較すれば次元の違うサイズだ。

そして「ライザップ成功のケーススタディ」から分かるビジネス成功の鍵の1つは、どんな業種・業態にも共通して「指名検索される存在になること」だ。では、ライザップはどうやって「指名検索」される存在となったのか。それはテレビCMの効果が大きいだろう。同社はテレビCMなどのマス広告を通じて認知度を一気に拡大し、ウェブでの検索行動を「指名検索」に結びつけた。

しかし、ここにも問題はあった。ライザップのCM(広告クリエイティブ)が「良すぎた」ことだ。CMに出演するタレントや顧客のビフォーアフターの様子、特徴的なBGM、キャッチコピー、ビジネスモデルの目新しさも相まって、ライザップは社会現象を起こし、ブームになって(して)しまった。その結果、認知獲得が急速に進捗した反面、マス広告施策は比較的早く陳腐化してしまった。

この状況に、同業の増加で前述した指名検索のボリューム減少が重なると、広告の費用対効果は下がる。獲得効率が悪化するため、毎年広告予算を上げたとしても新規会員増加数のペースは増えず、横ばいもしくは減少に転じてしまうというロジックだ。

しかし、テレビのリーチはそんなに脆弱なのだろうか。ましてや日本の人口は1.25億人であり、ライザップの累計会員数は17.9万人、全人口に対して0.14%のシェアしかない。いくらブームになって同業が増え、広告効果が低下するといっても、あれだけテレビCMを打てば、今でも効果がありそうなものではないだろうか。

テレビは2015年以降に視聴者層が急変

NHK放送文化研究所が2022年2月に発行した『文研75年のあゆみ』の中で掲載されている『世論調査でたどる「テレビ」視聴の長期推移 ~1960年から2020年まで~』を見ると、テレビの視聴者層がここ10数年で急激に変化していることが分かる。

テレビの年代別視聴時間シェアは2015年以降、50代以上のシェアが急上昇している
(画像)『世論調査でたどる「テレビ」視聴の長期推移 ~1960年から2020年まで~』掲載データを元にBTF編集部作成

年代別の1日のテレビ視聴時間推移を見ると、テレビ全体の視聴時間は減少傾向にある。2020年時点で10代は1日1時間もテレビを見ておらず、20代〜40代に至っても2時間以内に収まっている。一方で、50代以上は未だ1日で約2.5〜5時間テレビを視聴している。ここまでは読者の皆さんも肌感覚と近い印象ではないだろうか。

50代以上の視聴時間シェアという視点で見ると、その比率は2015年から2020年にかけて急増、それまで50%台がついに64%まで上昇している。今やテレビは50代・60代・70代以上によって支えられていると分かる。この視聴時間シェア急増の背景は、各年代の視聴時間がどのように減少しているかを見ると、よく理解できる。

テレビの視聴時間は2015年から2020年にかけて40代以下を中心に急減
(画像)『世論調査でたどる「テレビ」視聴の長期推移 ~1960年から2020年まで~』掲載データを元にBTF編集部作成

2000年~2010年の視聴時間減少率は、30代までは10%台程度の減少幅であったのに対し、40代は-5%程度、50代以上に関してはなんとまだ視聴時間は伸びていた。「若者のテレビ離れ」と表現されるような分布だ。2010年~2015年の間は年代によって差はあれど、前年に比べ減少幅が縮む年代があるなど、現在のような強い危機感を感じる時代ではまだなかった。しかし視聴時間が伸びていた50代以上においても、視聴時間が減少を始めており、全体的な低下傾向が明確になった。

そして、2015年から2020年の間でついに状況が一変する。20代~40代を中心に、2010年~2015年の2倍以上、30代に至っては3倍の減少幅を記録した。特に10代は50%弱もこの間に減少しており、20代、30代、40代でも25〜30%近く減少した。反面、50代以上は3〜12%程度で視聴時間の減少は留まっている。

つまり2015年以降でテレビ凋落のフェーズが明らかに変化し 、今やテレビは50代以上で支えられているメディアになったと言える。ではこれがライザップのマーケティング、検索ボリュームの変化にどう影響があったのか見ていきたい。

ライザップのタレントCMは2015年から本格化

ライザップはの著名人出演CMは、これまで数十シリーズ放映されてきた。その中でも、読者の皆さんの記憶に残るCMのほとんどが2015年から2020年の間に集中しているのではないだろうか。前述の通り、2015年からテレビ視聴のリーチは急速に減少しており、同社がテレビCMを本格化した時期と丸かぶりする。そのため、同社のテレビCMの効果が維持されていたかと言えば、それはNOだろう。

「KW:ライザップ」指名検索ボリュームとテレビCMに出演したタレント
(画像)RIZAP社開示資料・Google TrendsデータからBTF編集部作成

そしてそれは、ライザップの指名検索ボリュームと合わせて見れば明らかだ。テレビCMを継続しても検索ボリュームは横ばい、もしくは減少に転じている。

ただ、ブランド認知が進めば、CMを見るたびに検索エンジンにブランド名を打ち込むことは当然少なくなる。また、テレビCMは単純接触効果によるブランド好意度を高める目的もあり、続けることに意味があるとも言える。ライザップ社もテレビCMを継続する過程で、当初のウェブマーケ的なCV獲得の狙いから、単純接触効果を求める中長期的な取り組み・目的に切り替えて取り組んでいる可能性は高い。

2018年・2019年にはダレノガレ明美を起用、それまでと異なるCMフォーマットで新プランを打ち出した(画像)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000042.000030866.html

一方で、ウェブマーケティングの環境が激化し獲得効率が悪化していく状況において、テレビCMなどの多額の広告投資が負担にならないはずはない。行っている施策を継続するには、費用対効果を上向かせるなにかを変更する必要がある。これまでやってきたことを否定して認識を変える必要がある、と言った方が正確かもしれない。

そして、この数年でライザップは「ターゲット」と「刈り取り手法」を大きく変えている。

まだテレビがリーチできる層にターゲットを大きく振り切る

ライザップの決算説明会資料を見ると、同社は「シニア層(主に60歳以上)」にターゲットを大きく振り直している。フィットネス業界全体から見れば「シニアターゲットなんて今更…」という感覚で流されているだろうが、ライザップがシニアにターゲットを向けた背景は非常に戦略的なものだと考えている。

年代別で見る1日当たりテレビ視聴時間の推移
(画像)『世論調査でたどる「テレビ」視聴の長期推移 ~1960年から2020年まで~』掲載データを元にBTF編集部作成

例えば、テレビ視聴時間のボリュームをグラフにするとその傾向は一目瞭然で、60代・70代もテレビ視聴時間も減少傾向にあるものの、減少幅は少なく、視聴時間の絶対数は圧倒的に長い。特に70代に至っては、この20年でテレビ視聴時間はほとんど変わっておらず、平均して1日約5時間テレビ視聴している。2020年時点の70代の1日当たりのテレビ視聴時間は、10代の約6倍、20代の約4倍、40代の2.7倍だ。

つまり、結果的にライザップのテレビCMが単純接触を最も続けていた層はこのシニア層(60代以上)だった。そしてライザップも2018年に梅沢富美男、2020年に松平健、2022年に大村崑とシニア向けのキャスティングを行ってきた。

https://www.youtube.com/watch?v=xkNGetXmt20

特に、2020年の松平健・2022年の大村崑を起用したCMクリエイティブには「ライザップシニア」というキーワードが出現しており、明確にシニア向けのマーケティングに転換・注力している。この方向性であれば、これまで同社が行ってきたテレビCMのノウハウをそのまま活かすことができる。こうした取り組みで、現在ライザップのシニア会員比率は18.4%にまで増加している。

(画像)RIZAPグループ株式会社 決算説明会資料より抜粋
https://ssl4.eir-parts.net/doc/2928/ir_material_for_fiscal_ym/122128/00.pdf

そして、この層には折込チラシなどの販促施策が未だ健在だ。ライザップは決算説明会資料でも3スライドを使って、日本経済新聞での掲載面、折込チラシを紹介している。つまりテレビCMでリーチした後にウェブで刈り取るのではなく、折込チラシなどアナログなチャネルから電話での刈り取りを強化していると見ることができるだろう。指名キーワードでの検索ボリュームとは関係ない場所でCVを獲得しているのだ。

ここ数年、ライザップは健康寿命延伸プラットフォーム事業の実証実験として「自治体向け健康プログラム」の提供を行っている。既に20を超える自治体と提携しライザップメソッドを実践してきているが、これも主な対象はシニアだ。これらを通して集まったデータや実績・ノウハウは「ボディメイク事業」をシニア向けに再構築する上で非常に有効といえる。

2020年2月の決算説明会の開示資料。現在、シニア会員比率は18.4%まで上昇。(画像)RIZAPグループ株式会社 決算説明会資料より抜粋|https://ssl4.eir-parts.net/doc/2928/ir_material_for_fiscal_ym/76868/00.pdf

フィットネス業界は今や「シニアマーケット」とも言える状況だ。総合フィットネスのシニア会員比率は50%前後まで伸びてきており、ライザップのシニア層開拓にはまだ余力が残っている。事実、2020年2月に開示した資料ではシニア会員比率が5%となっていたが、足元は18.4%とシニア層への転換は順調に進捗しており、ここが新規会員の再増加・ライザップ事業の再成長に向けた大きな可能性というわけだ。

また現在のテレビCMは、視聴者層を考えればシニアターゲットのサービスになればなるほど効果的だ。フィットネス企業でテレビCMを活用している企業といえばカーブスが挙げられるが、こちらもシニア会員に強みを持つ業態の代表例だ。ウェブでの競争環境や指名検索ボリュームの状況に関わらず、ライザップがテレビCMを継続している意味を感じることができる。

こうして見ると、一見同じことを継続しているように見えて、狙いや軸足をずらすことで、業態そのものを進化させていることが分かる。絶え間ない戦略の見直しと、検証と実行がスピード感を持って回り続けている。ライザップの強さは、環境変化に対して戦略を素早く柔軟に変化させ、徹底的に「やりきる」ことだと分かるだろう。

未だライザップは最大、パーソナル市場の2歩先を行く

ライザップ「ボディメイク事業」は最盛期に比べ、その勢いが大きく落ちていることは事実だ。一方で、業容規模やサービスの提供エリア、価格、そのどれをとっても未だ最大級であることに疑いはない。事実、ライザップ「ボディメイク事業」は過酷なコロナ禍においても営業利益は1四半期を除き黒字で推移したことからも分かる。

(画像)RIZAPグループ株式会社 決算説明会資料より抜粋
https://ssl4.eir-parts.net/doc/2928/ir_material_for_fiscal_ym/109686/00.pdf

また、本稿では詳しく触れなかったが、ライザップの法人プログラムは累計導入者数が1,700社超、累計参加人数も23万人超で、現在も導入社数は増加している。法人向けフィットネスに取り組む企業は多いが、その中でもこの実績は業界最大規模だ。同社は、フィットネス事業内の各セグメント収益の開示が少なく見落とされがちだが、ライザップ「ボディメイク事業」から派生した様々な事業は、それぞれ大きく成長しており、この力強い業績を構成している。

最近では低価格パーソナルを中心に、フランチャイズによるドミナント出店によって「店舗数でライザップを抜ける」というような話も増えているが、こうしてみると根本的に異なるビジネスモデルであり、店舗数の比較は本質的に意味をなさない話であることが理解できるだろう。

ライザップの新業態「chocozap(チョコザップ)」は月額料金は3,278円(税込)24時間営業で全店使い放題
(画像)RIZAPグループ プレスリリース

新しく発表した「ちょこざっぷ」も、ライザップの高単価プログラムを終えた顧客の運動習慣を維持するためのインフラになれるサービスだ。累計18万人のボディメイク会員に向けて入会を促すことができることも「チョコザップ」のアドバンテージとなる。

同社のフィットネスに対する切れ味は健在、ライザップ「ボディメイク事業」は進化を続けている。過去のライザップに比べれば、違った印象になったかもしれないが、群雄割拠のパーソナルジム市場において、未だ他社の2歩先を行っている。