オンラインのフィットネス業界誌

Twitter Facebook
2020年5月19日 業界ニュース

日本テレビHDフィットネス市場で250億円のM&A攻勢、会員の青田買い戦略を推進か

日本のフィットネス業界は異業種からの参入とM&Aの歴史と言える。例えばコナミスポーツも、元は旧マイカル系のニチイ(総合スーパー、現イオンリテール)が運営していたスポーツ事業を2001年にコナミが買収したものだ。最近ではカラオケ事業大手のコシダカホールディングスによるカーブス買収も記憶に新しい。

日本テレビホールディングス株式会社も、異業種からフィットネス事業へ参入した企業の1つだ。フィットネスクラブ「ティップネス」を2014年11月にサントリーホールディングスと丸紅から買収、2020年3月には「JSSスイミングスクール」運営企業の株式会社ジェイエスエスに資本参加し筆頭株主となっている。

この背景にあるのが、同社が2019年5月に開示した「日本テレビグループ 中期経営計画 2019-2021 日テレ eVOLUTION」だ。メイン事業である放送事業の方針は当然のことながら、インターネットビジネスを柱として成長させることや、AI活用による生産性向上等の方針を策定している。その中で数値目標を明確にして方針を示しているパートがある。

「日本テレビグループ 中期経営計画 2019-2021 日テレ eVOLUTION」の概要について

日テレHDは2020年3月期の売上高4,265億円、営業利益431億円、時価総額は約3,000億円の巨大メディア企業グループだ。その同社の規模としては異例とも言える内容が並んでいる。特に「非放送広告収入比率50%超」そして「投資枠1,000億円によるM&A」といった部分がどこに向くのかというのがポイントに思える。おそらくフィットネス領域の強化は1つの答えと言えるだろう。

日本テレビHDのフィットネス参入沿革(ティップネスの買収とジェイエスエスへの資本参加)

日テレHDのフィットネス領域におけるM&Aの沿革相関図を編集部で作成した。それと同時にフィットネス業界がいかにM&Aや資本参加によって形作られてきたかもお分かり頂けると思う。

ティップネスはサントリーの子会社として1986年10月に設立された。同時期に丸紅子会社として設立された「株式会社レヴァン」(レヴァンブランドでのフィットネスクラブ事業を運営)を2001年に吸収合併、その翌年に当時10店舗あったレヴァンブランドを「ティップネス」ブランドに統合し店舗数は24店舗の規模となった。20016年には、現在三越伊勢丹HD傘下にある丸井今井グループ(北海道で百貨店を展開、ファッションビルのマルイとは無関係)の経営不振を受け、同社が運営していたフィットネスクラブを買収し北海道進出を果たしている。

そして2014年、日テレHDはレヴァン旧株主であった丸紅(買収当時ティップネス株主28.6%を保有)とサントリーHD(71.4%)が保有するティップネスの全株式を現金240億9,900万円で取得し100%子会社としている。

株式会社ジェイエスエス公式サイト

一方、株式会社ジェイエスエスは「JSSスイミングスクール」を手掛ける「スイミングスクール特化型」のフィットネスクラブ業態だ。1976年に竜奥興業の子会社として設立され、当時の社名は「ジャパンスイミングサービス株式会社」(1991年に現社名に変更)だった。竜奥興業は大阪の小中学校のプール建設施工を主業としており、ジェイエスエスも祖業は「スイミングスクールの受託事業」であった。その後、直営事業に事業を展開し2013年にはジャスダック市場に上場を果たしている。

同社は現在、全国約80店舗を超える施設を有しており、2020年3月期の業績は売上高84億円、営業利益3.7億円、時価総額16.75億円(2020年5月18日終値ベース)となっている。特徴は、スイミングスクールに特化することで指導力など卓越したノウハウを有している点と、会員の9割が子供であるという点だ。

スイミングスクール特化型の競合には、学習塾大手ナガセ子会社の「イトマンスイミングスクール」等があるが、施設数では大きく差をつけておりジェイエスエスがこの分野ではトップ企業となっている。

上場後のジェイエスエスは安定株主の確保に課題

ティップネスと規模が違うとは言え、日テレHDにとって時価総額20億円弱のジェイエスエスであればTOBによって全株取得を行ってもよい規模だが、約25%の資本参加に留まった理由は、ジェイエスエスが抱える「安定株主」という課題にある。

ジェイエスエス上場時の株主構成を見ると、筆頭株主であるFVC(フューチャーベンチャーキャピタル)をはじめとするベンチャーキャピタルの保有比率は約46.6%に達している。通常ベンチャーキャピタル(VC)は出資後、出資先のM&Aや上場によって出資して取得した株式の「出口」を探るものだ。またVCの出資はVCが集めたファンドから行われる。ファンドの満期は約10年(延長有りで12年程度)でありこの間に「出口」を求められるのが一般的だ。

株式会社ジェイエスエス 有価証券報告書

ジェイエスエスの場合、46.6%あるVC保有株が市場で一斉に売却されると、一気に株価が下がり株価形成に影響を及ぼしかねない。そのため、このVC保有株を一定のかたまりで安定的に保有してくれる先を検索する必要がある。

同社の場合、創業家出身で前社長の奥村氏の持株比率は7.18%、現社長の藤木氏は2.40%、自己株式12.51%と経営陣等の持株比率が低い。江崎グリコ株式会社が9.48%保有しているなど上場前から安定株主の形成を実施してきた努力も見える。

2013年6月ジャスダック上場から約1年後の2014年5月、同社はニチイ学館との資本業務提携を開示している。資本提携の内容は、筆頭株主のフューチャーベンチャーキャピタルが保有している計50万株(24.84%)をニチイ学館に4.75億円で売却するというもので、ニチイ学館が「安定株主」となった形だ。

2020年3月に日テレHDが開示した内容では、このニチイ学館保有株100万株(2017年に1対2の株式分割を実施したため株数は2倍になっている)を総額7.8億円で買収するというもの。日テレHDとティップネスの事例と違い資本参加という形になったのは、ジェイエスエスの安定株主確保のニーズが反映されたものとなっている。

日テレHDがジェイエスエス・ティップネス連合に期待するシナジーとは

では、日テレHD側の狙いは何だったのかということだが、その点ジェイエスエス、ティップネス両社との比較によって考察したい。

目を引くのは店舗エリアの分布状況だろう。ティップネスは関東に店舗が集中しているため、北海道と西日本に強みを持つジェイエスエスをグループに取り込むことで、日テレHDのフィットネス事業は全国をカバーし、特に西日本の強化を行うことができる。

またティップネスはプールを併設した店舗が多く、こうした店舗のプール施設の管理やそこでのスイミングスクールの受託をジェイエスエスが行うことにより業績のアップセルを見込めること、ティップネスとしてはプール施設のプロであるジェイエスエスに委託することでクオリティが向上し、更に高い会員サービスを提供できる。

ジェイエスエス・ティップネス連合の本丸は会員の「青田買い」か

店舗の国内カバー率の向上(面取り戦略)、ジェイエスエスのプール施設運営のノウハウ提供による業績貢献以外に特筆すべきことがある。それは「子供会員」の価値だ。

ティップネス・キッズ公式サイト

先にも触れたがジェイエスエスの特徴は「子供会員」の多さにある。実はティップネスも既存店舗にて「ティップネス・キッズ」を30店舗以上で展開しており注力している様子が伺える。

ティップネス・キッズは、スイミングだけでなくダンスや体操、空手、球技など多岐にわたるプログラムが用意されており、さらには書道やそろばん、英語などフィットネス以外のプログラムも提供している。更に興味深いのは、ティップネスが年齢によって段階的なプランを用意している点だ。

TIPNESS進学 公式サイト

「TIPNESS進学」というブランドで「ティップネス・キッズ」を卒業後の中高生に向けてのプランを提供している。会員はティップネスの大人会員同様にマシンやスタジオプログラム、プールなどが利用でき、中高生の「放課後需要」を取り込む狙いだ。

つまり、単純な面取りではなく、子供会員に強みを持つジェイエスエスと連携することで「子供会員」の青田買いをジェイエスエス・ティップネス連合で行い、成長や興味に応じて様々なプログラムを提供していく考えと推測される。

大人の会員に対してはライフタイムの様々なタイミングでニーズに応じたプログラムや施設を連合体によって提供することが可能となる。これはティップネスの大人会員をジェイエスエスに送客することも含まれる。子供の頃に馴染んだブランドは、大人になり自分自身が消費の意思決定を行う上では安心感をもたらすことができため有利な存在だ。

もし日テレHDがジェイエスエス・ティップネス連合によって「青田買い」戦略を推進するとすれば長期的な取り組みになるだろう。またさらなるM&Aでの強化も考えられる。今後の日テレHDフィットネス事業が業界再編の中心となるか注目していきたい。