オンラインのフィットネス業界誌

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2020年6月19日 分析と解説

アフターコロナ、フィットネス市場の新成長分野は「eスポーツ」?ゲーム=不健康のイメージは時代遅れ

世界各地では、新型コロナ感染増のピークは過ぎ、ロックダウン解除・緩和の動きが加速している。それにともない経済活動も戻りつつあるが、外食や観光などではソーシャルディスタンス措置が導入され、コロナ前と様相は大きく異なっている。

フィットネス産業もコロナ前と比べ状況が大きく異なるセクターの1つだ。外出禁止・自粛が数カ月続いた中、多くの人々はフィットネスアプリや任天堂フィットなどを活用したホームフィットネスにシフト。この状況に慣れたため、コロナ収束後もジム・フィットネスクラブに戻らず、ホームフィットネスを続けようと考えている人が多いと推測されている。

米投資銀行Harrison Co. が4月に米国のフィットネスクラブ利用者1000人を対象に実施した調査では、コロナ収束後にフィットネスクラブの会員を停止しようと考えている人の割合が34%だった。同銀行は、この割合から全米で約2000万人分の会員がキャンセルされ、年間100億ドル(約1兆円)がフィットネス産業から流出する可能性があると推計している。

フィットネスメディアRunRepeat.comが世界各地のフィットネスクラブ利用者を対象に実施した調査でも同様の状況が浮き彫りになっている。4月24日〜5月1日、世界116カ国・1万人以上を対象に実施した同調査。それによると、コロナ収束後のフィットネスクラブの再開に際し、再開後すぐには戻らないとの回答割合が46%に上った。また36%がすでに会員を停止した/会員停止を検討していると回答している。

「フィットネスクラブ再開後すぐには戻らない」の割合を地域別で見ると、東南アジアが61%と世界平均を15ポイント上回る結果となった。

コロナ前、急速に拡大していた中国のフィットネス産業も苦境に立たされており、ビジネスモデルの変革が求められているところ。CNBCが伝えた中国調査会社Qichachaのデータによると、2020年第1四半期、北京だけですでに200社以上のフィットネス企業が閉鎖に追い込まれた。中国全土では7000社に上る。

コロナ収束後のフィットネス産業、求められる変革

甚大な損失を被っているフィットネス産業。その立て直しには、社会変化を考慮したこれまでにないアプローチが必要になるだろう。1つは、在宅勤務・リモートワークが常態化することを考慮したサービス提供。ロックダウン下、すでにZOOMなどビデオ会議システムを活用したオンラインフィットネスやヨガクラスなど、世界各地では様々な試みが実施されていた。コロナ収束後、永続的なサービスの1つとして確立しつつあるようだ。

新型コロナをきっかけとしたもう1つの大きな社会変化、それがゲーム利用の増加だ。ロックダウン下、ゲームのコンソール売り上げは通常時より大幅に増加。任天堂がリリースした「どうぶつの森」が歴代売り上げ記録を更新するなど、ソフトの需要も爆発的に伸びた。

不健康のイメージがつきまとうビデオゲーム(写真はイメージ)
Photo by Alexander Andrews on Unsplash

ビデオゲームというと「座りっぱなしで不健康になる」など、フィットネスとは対局にあるイメージだが、任天堂フィットなどのフィットネスゲームやeスポーツ認知の拡大によって、人々のゲームに対する印象は大きく変わりつつある。

この状況を考慮し、ゲームとフィットネスを関連付けるアプローチができれば、多くのゲームユーザーをフィットネス産業に取り込むことができるかもしれない。例えばゲーム/eスポーツ大国ともいえる中国で、そのようなアプローチが登場しても不思議ではない。特にeスポーツには今多額の投資資金が流れ込んでいる。それをフィットネス産業に還流させる手段を考えているプレイヤーは少なくないだろう。

ゲーム利用者6億人以上、eスポーツファン7500万人、中国のゲームを取り巻く動向

中国のゲーム/eスポーツ市場を俯瞰してみたい。中国メディアCGTNが伝えたiResearchのデータによると、スマホ・PC・コンソールを含めた国内のゲーム利用者数は6億人以上。2023年には8億7800万人へ拡大が予想され、これにともないeスポーツ市場も拡大する見込みだ。NewZooとPwCの推計によると、中国eスポーツ市場は年間20%以上で拡大しており、2023年には韓国を抜き世界2位に躍り出るという(世界最大のeスポーツ市場は米国)。

iResearchによる2019年の中国eスポーツ市場の収益推計額は1175億元(約1兆8000億円)。前年比で25%の増加となる。また2020年は約20%増の1405億元、2021年には1651億元に達すると予想している。iResearchはeスポーツ市場を、オンラインゲーム、モバイルゲーム、エコロジーの3つのサブカテゴリに分類。この先、モバイルとエコロジー分野が伸びてくる見込みだ。エコロジーとは、eスポーツイベントのチケット販売、関連商品の売り上げ、広告などを指す。

NewZooによると、世界中のeスポーツファン数は1億9800万人。国別で最大を占めるのは中国で、実に7500万人に上るという。

一方、eスポーツのプロプレイヤーは人材不足といわれており、中国では政府主導でカリキュラムや人材育成プログラムの作成が急ピッチで進められている。CGTNによると、中国人力資源社会保障部は、このまま行けば5年後には国内だけで約200万人の人材不足が起こるだろうと予想している。

eスポーツチームのトレーニングに組み込まれるフィットネスプログラム

オンラインゲームで対戦するeスポーツ。一見、フィットネスとは無縁のように思えるが、強烈なストレス下に置かれる選手たち、そしてマネジャーたちは、心身の健康がパフォーマンスに影響することに気付き、訓練メニューにフィットネスプログラムを取り入れ始めている。

アスリート並の身体負担がかかるeスポーツ
Photo by Florian Olivo on Unsplash

米国のeスポーツ組織FaZe Clanでは、フィットネス/栄養コーチとしてジャスパー・シェレンズ氏を起用。The Next Webによると、同氏のもと、FaZe Clanのeスポーツチームは、ボートこぎ運動、懸垂、腹筋など上半身を鍛える運動と有酸素運動を行っている。長時間座ることで起こる背中や首への負担をやわらげるとともに、疲労しにくい体づくりを目指しているとのこと。CNNによると、eスポーツのチャンピオンシップで優勝した中国のチームRNGも、トレーニングの一環で毎日に外に出てエクササイズを行っている。

ドイツ・ケルン大学のインゴ・フロベーゼ教授の研究によると、試合中eスポーツプレイヤーの体の中では、多量のコルチゾールが発生しており、その量はカーレース・ドライバーのコルチゾール量に匹敵するという。心拍数も160〜180回に達することもあり、マラソン選手に匹敵することもある。

フィジカルではなく、メンタルに焦点が当てられがちなeスポーツだが、フィジカルの不調がメンタルの不調につながると見る専門家もおり、eスポーツの世界ではフィットネスの重要性が認識されつつあるのだ。

中国だけでも7500万人のeスポーツファンがいる。プレイヤーとして活躍したいと考える人が多いことも想像に難くない。フィットネス産業が、eスポーツプレイヤーに特化したプログラムを開発し、その価値を伝えることができれば、これまでフィットネスとは無縁と思われてきた層を取り込むことができるのかもしれない。