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2020年5月3日 業界ニュース

ルネサンスの現預金残高が過去10年の最高水準に到達、コロナ禍の戦略を考察する

2020年4月27日、スポーツクラブ「ルネサンス」を運営する株式会社ルネサンスはTDnet上に「コミットメントライン契約締結に関するお知らせ」という標題の開示資料を掲載した。

2020年4月27日 株式会社ルネサンス 開示資料

開示内容は、三菱UFJ銀行と三井住友銀行の2行と総額40億円のコミットメントライン契約を締結したというもの。コミットメントライン契約とは、契約期間内であれば締結した総額を必ず融資するという確約に近い契約だ。

コミットメントライン契約の実行には個社個別の条件が存在するが(当該開示では明らかにされていないが、例えば契約期間内は契約時の純資産額から融資実行までの期間内に純資産額が50%を下回らないこと等)いずれにしてもコミットメントライン契約をメガバンクと締結できるのは、優良企業に限られる。

「2020年4月末の現預金残高は100億円以上を見込んでいる」という記載の衝撃

40億円を向こう1年間の中でいつでも借入ができる、というのは単純に「コロナ対策のためかな?」と受け流してしまうところだが、開示資料の「4. その他」に記載されている「2020年4月末における当社の現預金残高は100億円以上を見込んでおり」という記載からは、コロナ禍における財務戦略の一面を垣間見ることができる。

株式会社ルネサンスの現預金残高は今期Q3時点でも39億円だった

同社の2020年3月期 通期決算の発表は5月11日を予定しており詳細は不明だが、現時点(5月3日時点)で確認できる20年3月期の第三四半期(2019年12月末時点)の現預金残高は約39億円で、そこから4ヶ月間の間に約60億円以上も現預金が増加したことになる。

こういった非常事態下においては「現金を蓄え備える」という方針が王道で正しい戦略であることは間違いない。おそらくコミットメントライン契約の即時実行と合わせ、追加の銀行融資や固定資産の売却等によって現預金を100億円以上の水準にしていると推測される。

同社が運営している「スポーツクラブ ルネサンス」は緊急事態宣言の発令以降全施設を休館している。5月7日に営業再開を予定しているが緊急事態宣言の延長が主要都市において検討されているため、先行きは不透明だ。同社がこの危機に際して現預金を100億円水準にするインパクトは相応の反応とも言えるが衝撃も大きい。

ルネサンス社は業績好調、財務体質は強固、銀行借入は低減傾向にあった

株式会社ルネサンスの銀行借入残高の推移

同社は2015年3月期に55億円規模の自己株式取得を行った。それと連動して62億円の新規融資を同期に実行している。それを除き店舗や施設に対しての出店・運転資金のための融資に限って言えば(自己株式取得のための借入を考慮しても)銀行融資残高は低減傾向にあった。

毎年新規の借入と返済を継続していた

キャッシュ・フロー計算書を見ると、毎期約20億円前後の長期借入金の借入を行い(短期借入金のロールオーバー含む)、それを上回る25億円前後の返済を続けている。

前述した通り、自己株式の取得費用を除けば、20億円前後の借入金についても低減傾向しており、先行投資がかかるフィットネス事業において、自己資金(フリーキャッシュフロー)による投資比率が増加する理想形に近づいていた。

業績も好調で、この10年で売上高は右肩上がりに増加し当期純利益の水準に至っては約20倍の規模に至っている。自己株式取得によって自己資本比率は直前の38.5%から22.7%まで低下したが、そこから直近は41.6%と自己株式取得前を超える水準に戻している。

新型コロナウイルス対策の融資条件をアフターコロナの成長戦略に活かせるか

コミットメントライン契約の総額40億円は、同社の中でも最大規模に迫る水準だ。しかし平時の融資と異なるのは、新型コロナウイルス対策融資の枠組みでは金利や返済期間が緩やかになるという点にある。

(参考)財務省 政策金融の詳細

同社は全館休館を実施しており当然、業績にも影響が現れる。そのため同社が実行する銀行融資においても財務省が示している政策金融の方針に沿って、融資条件が平時よりも緩和されている可能性が高い。そこで低金利かつ返済期間が長い融資によって調達した資金で実行する(できる)ことを推測したい。

  1. 施設休館中の運転資金の確保
  2. 自己株式の取得
  3. M&A資金

厚くした手元資金の活用方法の最も重要な部分は、もちろん1点目の運転資金の確保にある。2020年3月期 第三四半期累計(9ヶ月)の売上原価と販管費の合計は約316億円で単月にすると約35億円となる。もちろんこの中には変動費が多く含まれるため全額ではないが、ここに借入金の返済やリース支払いなど財務的な支出も加わるため、休館が続くと収入が下がる一方で少なくない支出が発生する。最大の目的は当然ここにある。

2点目は、同社が過去にも実施した自己株式の取得だ。自己株式の取得は主に業況と比較し割安と考えられる株価の場合、自己株式の取得を行うことで株価を一定の範囲内でコントロールすることにある。

株式会社ルネサンス株価推移(Googleファイナンス)

割安で取得した自己株式を取得した株価より高く第三者へ譲渡(売却)した場合、自己株式処分差益(平たく言うとキャピタルゲイン)を得ることもできる。(※自己株式の処分や取り扱いには会計上・税務上の制限が多く、資本政策上の議論もあるため容易では無い)

取得した価格よりも高い株価に戻るのに現在のコロナ禍においてどの程度期間が必要か見通せない状況にあるが、その際に長期の返済期間条件である融資資金の活用は有効とも言える(株価が戻るのを長期間待つことができる)

最後、3点目はM&Aのための資金だ。フィットネス業界はこれまで多岐にわたるM&Aが行われ、M&Aによって現在の業界大手が作られたと言っても過言ではない。通常M&Aは買収後にPMIと呼ばれる買い手と売り手の事業オペレーションの統合や事業シナジーの顕在化作業などが行われる。

同社はHP上で店舗開発の1つの形態としてM&Aも記載している

そのため、M&Aの効果が現れるのはある程度の時間を要する場合もあれば、赤字の企業を買収すれば運転資金や構造改革資金の投入など買収資金とは別に資金を投入し、一定の期間をもって健全化させていくことも多い。

今回、新型コロナウイルスの感染拡大によって業績が悪化し売却を検討するフィットネスジムやその周辺事業も少なくないと推測される。その際に返済を長期で行うことができる資金はM&Aの資金に向いていると見ることもできる。

引用:大和総研コンサルティングレポート

そして2点目の自己株式の活用も可能だ。M&Aでは、株式や事業買収の対価として現金ではなく自己株式によって支払うことができる。仮に割安で取得できた自己株式を株価が反転したタイミングでM&Aに活用することができれば、現金を使わず効率的にM&Aを実施することが可能だ。

いずれにしても、まずは現事業の維持を優先することは同社に限らず優先事項だ。しかし、この環境下でのピンチをチャンスに変える戦略の可能性があることを同社の財務内容は示しているのかもしれない。