フィットネス業界はM&Aで形作られてきた業界といっても過言ではない。
例えばコナミによるピープルの買収や、日本テレビHDのティップネスの買収など大型の買収が相次いできた。その流れの一角をなすのが、2008年10月22日に実行されたコシダカによるカーブスの買収だ。
カーブスはその後破竹の勢いで成長し、2020年3月にはコシダカホールディングスからスピンアウトスキームで東証一部に上場した。
本稿ではコシダカ社の目利き力と、カーブスへの投資(買収)でコシダカ社が得た利益について考察していきたい。
女性専用フィットネス「カーブス(Curves)」買収までの歩みとコシダカ社の状況
女性専用フィットネス「カーブス(Curves)」はアメリカ発のフィットネス業態。ゲイリー・ヘヴィン氏が1992年に創業した。日本では、牛角やタリーズコーヒーなどのフランチャイズ展開を手掛けた株式会社ベンチャー・リンクが、カーブス世界総本部と2005年2月に日本市場のマスターライセンス契約を行いカーブスジャパンを設立。日本展開を本格化させた。
一方、現在の株式会社コシダカホールディングス(買収当時は株式会社コシダカ)は「まねきねこ」ブランドでのカラオケボックス事業や、温浴施設「まねきの湯」を主業とする企業だ。
コシダカ社のカーブス買収直前の業績は(2008年8月期)売上高136億円、経常利益7億円、当期純利益4億円という規模で、当時「まねきねこ」の店舗数は43都道府県277店舗を展開していた。
株式会社コシダカ 損益計算書 | 07/8期 (百万円) | 08/8期 (百万円) |
売上高 | 11,332 | 13,649 |
営業利益 | 535 | 691 |
経常利益 | 561 | 731 |
当期純利益 | 134 | 421 |
この頃コシダカ社は既にカーブス事業に着目し、100%子会社として株式会社北海道コシダカを設立、北海道エリアにてFC店舗を約7店舗運営していた。しかし業績への貢献は限定的で08/8期におけるカーブス事業の売上高は1.6億円、売上に占める割合は1.2%にとどまっている。
その後、日本のFC本部であるベンチャー・リンク社の業績が悪化、カーブスジャパンが売りに出されることになり、コシダカ社が中間持株会社のカーブスホールディングスを通じて20億円で買収した。
着目したいのは、買収直前期のコシダカ社の財務状況だ。
株式会社コシダカ 貸借対照表 | 07/8期 (百万円) | 08/8期 (百万円) |
現預金 | 994 | 814 |
流動資産 | 1,515 | 1,386 |
固定資産 | 3,235 | 4,328 |
短期借入金 | 0 | 50 |
1年内短期借入金 | 621 | 854 |
1年内償還社債 | 40 | 40 |
流動負債 | 1,809 | 2,400 |
社債 | 60 | 20 |
長期借入金 | 933 | 1,006 |
固定負債 | 1,019 | 1,050 |
株主資本 | 1,922 | 2,263 |
総資産 | 4,751 | 5,714 |
これを見るとわかるが、現預金は8億円しかなく、借入の規模は20億円近い状態で自己資本比率は約40%の水準だが、20億円の買収を楽に実行できるという財務状況では全くないことがわかる。
カーブスをフランチャイズで店舗運営していたことでカーブスの可能性と事業のポイントを的確に把握し、カーブスジャパンの財務内容が健全であるとはいえ、ここで20億円を入札する経営判断は当時のコシダカの取締役会を想像するに、簡単ではなかったはずだ。
また、当事者としての目利きという側面もあるが、その前の時点でカーブスという業態に業界外の企業ながら着目し、フランチャイズで参加していたという目利き力と嗅覚は流石というしか無い。
最終的にコシダカ社は買収資金は長期借入金で調達し(借入の規模を20億円から40億円に増やし)カーブスジャパンを落札した。その後カーブスは大きな成長を辿ることになるが、それはあくまで結果論で、この当時カーブスは既に672店舗を有している。これが2,000店舗を超える規模になるという事業計画を信じることができるか否か、ここに20億円を投資できるか、腰髙社長の胆力と決意を感じることができる。
買収後のカーブスは2,000店舗を超え、国内トップクラスのチェーン業態に成長
買収後もカーブスは破竹の勢いで成長してきた。2008年の買収直前と2020年の上場直前期の業績を比較すると驚きの規模になっている。
売上高は5.8倍の280億円、当期純利益は12.2倍の37億円、店舗数に至っては2020年には2,000店舗を突破している。フィットネスに限らず2,000店舗に迫るチェーン業態はマクドナルド、すき家、ダイソーなど錚々たるブランドに限られる。
この成長を支えたのは、日本のFC市場を作り上げ一時代を築いたベンチャー・リンクのノウハウでもある。カーブスジャパンの買収でコシダカ社が得たのは、カーブスのマスターライセンス契約、店舗だけではなく当時の経営陣も含まれる。
買収当時のカーブスジャパン代表取締役会長の増本 岳氏、代表取締役の坂本 眞樹氏、副社長の田島(増本)陽子氏など、ベンチャー・リンクにてカーブスとのマスターライセンス契約から日本での展開を実行してきた経営陣の強い推進力の存在は欠かせない。また現時点においても買収時の経営陣が変わらず在籍していることも珍しく、同社成長の大きな原動力であることは確かだ。
コシダカのカーブス買収は大成功、持分ベースの時価総額は490億円増加
カーブスホールディングス上場時の初値時価総額は567億円、カーブスジャパン株式取得費用(時価総額)の20億円のため、約12年間において約28倍に企業価値が増加した。
上場時のコシダカ社の持分比率は90%(その他10%は経営陣)であり、持分ベースの時価総額は511億円。20億円の投資が511億円に成長、約490億円近く株式価値が増大したこととなる。(※コシダカ社はカーブスHD株式を保有、カーブスジャパンの株式はカーブスHDが保有)
しかし、上場直後の全店休業など直近は新型コロナウイルス感染拡大の影響で業績に対しても大きなプレッシャーを受けている。アフターコロナの時代にフィットした「新生カーブス」にトランスフォーメーションできるか否か、既に構築した巨大な事業資産を活かせるか、同社に注目が集まっている。