オンラインのフィットネス業界誌

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2020年8月23日 分析と解説

「介護予防」のイメージは時代遅れ。世界で拡大するシニア向けフィットネス市場・最前線

少子高齢化の進展を背景に、世界中でシニア向けのプロダクト/サービスが増えており、かつては若者向けのイメージが強かったフィットネス分野でも、シニア向け市場の開拓が盛んだ。

各国の広告代理店は「アクティブシニア」といったキャッチコピーを掲げ、シニア層の取り込みを狙ったプロモーションを多数展開。アクティブに運動する高齢者の写真や動画が多数使用されるなど、「シニア」のイメージはこのところ大きく変わってきている。

医療費の抑制・国家財政のサステナビリティという点でも、高齢者のエクササイズは国を挙げて推奨されるようにすらなっており、各国政府は高齢者の運動参加を熱心にサポートしている。

さらにこのところ、アクティブなだけでなくテクノロジーにも親しんだ高齢者による市場が形成されるようになった。シニア層のスポーツに関するWebメディアやアプリも次々とリリースされ、シニアフィットネスインフルエンサーも登場している。

世界各国で近年、どのようなアクティブシニア市場が誕生しているのか、その動向を追ってみたい。  

世界で進む高齢化と活発化する高齢者のフィットネス参加

高齢者のエクササイズというと、ウォーキングやストレッチなどの軽い運動をイメージする人も多いのではないだろうか。しかし近年、高齢になっても負荷をかけたトレーニングで筋力を向上させることで、よりアクティブな生活を送るために必要な自信と身体機能を獲得できることが広く知られるようになり、日本でも政府が積極的に「介護予防」として高齢者に向けてエクササイズの実施を推進してきた。

老人施設や病院などでも、まるでフィットネスジムのような筋力トレーニングマシンが導入され、高齢の親族に会うため施設や病院を訪問した際には、まるで街中のジムさながらの光景を目にすることも珍しくなくなっている。

このような高齢者向けのトレーニングが行われているのは、公的な施設や医療機関だけでない。最近は、高齢者やその家族から多様なサービスを求めるニーズが高まっていることが一因となり、民間事業者の参入も盛んになっている。

一般的なスポーツジムで高齢の利用者が増加していることに気づいている人は多いと思うが、中高年専門のパーソナルトレーナーなど高齢者に特化したサービスも登場。フィットネス市場は、ライザップのような激しいトレーニングで美しいスタイルと筋肉を手に入れたい若い世代だけでなく、アクティブな生活を送りたいシニアにもターゲット層を確実に拡大している。

高齢化はその速度の差こそあるものの多くの国が抱える問題なだけに、こうした変化は諸外国でも起きている。

シンガポールではコミュニティセンター内に負荷を100g単位で微調整できる機器を備えたシニア向けジムを設置。一般開放もされているが、55歳以上の市民が無料で使用できる日を定めることで健康増進のための活用を促している。市民からは「筋力を鍛えることで様々なことに取り組む自信がついた」など好意的な声が上がっているようだ。

南アフリカ共和国でも、シニアフィットネス協会が国家資格を持ったインストラクターによる柔軟性、バランス、スタミナ、筋力強化、有酸素運動で構成された、通いやすい価格のフィットネスプログラムを50歳以上に向け提供。フィンランドでは「生涯にわたる筋力トレーニングが例外ではなくルールである世界」をビジョンとする企業HURが、30カ国以上のシニアに高齢者向けエクササイズ機器を届けるなど、アジアからヨーロッパ、アフリカまで、各地でシニア層のフィットネス参加率、健康意識が高まり、高齢者を対象にした様々な製品やサービスが生まれている。

テクノロジーを活用したシニア向けフィットネス市場の拡大

さらにここ数年、より多くの高齢者がスマホやタブレット端末に慣れ親しむようになったことで、高齢者向けフィットネス市場においてもデジタル化が加速している。

Google Playでは今年、50歳以上の運動初心者に向けた「Seniors Beginner Workout – 20 Minutes Training」がリリースされた。ウォームアップ、筋力、柔軟性、バランスエクササイズ、クールダウンを含むこの20分間のエクササイズプログラムは、安定した椅子やペットボトルなどの重り、マットやタオルを準備すれば、自宅や職場で気軽に取り組めるようにデザインされている。こうしたアプリは、ジムに行くのはちょっと億劫、まわりの目が気になるという初心者にとって運動習慣をつけるきっかけになるだろう。

日本でも介護予防事業を展開するインターネットインフィニティ社が自宅でできる高齢者向けの運動アプリ「レコードブック」を提供。関節の痛みやめまいなどの症状を入力することでエクササイズをカスタマイズしてくれる、健康面の悩みを抱えがちなシニアにも取り組みやすいフィットネスアプリとして人気だ。新型コロナにより外出が制限され、高齢者の身体機能の低下が懸念された今年前半では、通常月額490円のプレミアム会員機能を期間限定で無償で提供したことで話題となった。

介護予防の観点から語られがちなシニアのエクササイズだが、Web上ではよりアクティブなシニア像も目立つようになってきた。

オーストラリアの情報サイト「Over60」は、60歳以上に向けた多様なコンテンツが人気のWebメディアだ。健康にフォーカスした「BODY」カテゴリでは食事の分析、ワークアウト、ヨガなどのおすすめフィットネスアプリを紹介しており、その内容は軽いウォーキングやストレッチだけでなく、8週間で5kmのランニングを完走できるランナーに変身といったアクティブなものも見られる。 

シニア世代のフィットネス・インフルエンサーも注目され始めた。2018年に娘の助けを借りてiPhoneとiPadの使い方を学び、インスタグラムに挑戦したカナダのジョーン・マクドナルドさんは、それまで関節炎やめまいといった既往のある、心臓の薬を飲んでいる70代の普通のおばあちゃんだった。

しかし、エクササイズに魅せられ、その進捗を投稿するようになったジョーンさんのインスタグラム(@trainwithjoan)アカウントは現在フォロワー85万人を超えるまでに成長。フィードにはトレーニングに励むジョーンさんの姿だけでなく、サプリメントやワークアウトに効くレシピなども並んでいる。

インスタグラムの利用者の年齢層は比較的若いが、「自分のアカウントをきっかけに、フォロワーたちが『自分の祖母や叔母がエクササイズを通じて健康になってほしい』と考えるようになれば」と語るジョーンさんは、インフルエンサーの名にふさわしい。

転倒などの事故やオーバーユース(使いすぎ)によって膝や腰を痛めてしまうリスク、抱えている病気への配慮など注意すべき点も多い高齢者のスポーツ。シニア層は若年層に比べ、身体の状態の個人差が大きくなっており、それぞれにあったプログラムを無理なく行うことが重要なのはいうまでもない。アクティブに活躍するシニアたちの姿は刺激になるが、自己流のエクササイズで逆に通院が必要になってしまうケースは避けなければいけない。

しかし、そういった運動によるリスク以上に「運動しないことによるリスク」はシニア層にとって大きいだろう。医療や介護の専門家のサポートのもと、シニアフィットネスがデジタルとの融合で今後もさらに成長していくことを期待したい。