オンラインのフィットネス業界誌

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2020年8月28日 分析と解説

「女子スポーツ市場」拡大の立役者たち。専門メディアや新設プラットフォーム、キャンペーンが後押し

メディアにより広がる、「清く正しく美しい」イメージ

米国のマーケティングリサーチ会社、ニールセンが2018年に「ザ・ライズ・オブ・ウィメンズ・スポーツ(女性スポーツの台頭)」という調査書を発表している。男性スポーツにありがちな金もうけ主義や不正行為が少ない点で、女子スポーツは子どもを交え、家族で観戦するのに最適で「清く正しく美しい」女子スポーツのイメージはメディアにも受け、1つのジャンルとして定着してきている。

例えば昨年には、英国の『デイリー・テレグラフ』紙のオンライン版、『ザ・テレグラフ』が「テレグラフ・ウィメンズ・スポーツ」のページを開設している。英国放送協会(BBC)は、『ザ・テレグラフ』を追う形で、昨年5月から期間限定ながら、女性の夏期スポーツの試合を無料で生放送した。

また北米・カナダのスポーツに特化したウェブサイトである『ジ・アスレチック』は米国女子プロバスケットボールリーグ(WNBA)や、女子カレッジ・バスケットボールを専門に取り上げたページを設けている。

今年に入ってからは、英国の衛星放送事業者スカイが運営するスポーツ専用チャンネル、スカイスポーツが女子スポーツの扱いを多くすることを約束している。ニュースでは「女性スポーツ」というくくりをなくし、24時間いつでも女性が活躍するスポーツのニュースを流す。またYouTubeで女子スポーツの試合をライブで配信するほか、女子スポーツに焦点を当てたオリジナル番組などを制作・放映する。

徐々に実現し始めた報奨金や報酬のアップ

米国の女子プロバスケットボールリーグ(WNBA)のコミッショナーに昨年就任したキャシー・エンゲルハートさんは今年に入ってすぐ、新たな労使協定の締結を成功させている。WNBAと選手労働組合であるウィメンズ・ナショナル・バスケットボール・プレイヤーズ・アソシエーション間のもので、2027年のシーズンまで有効だ。この協定のおかげで選手への報酬は全体的にみて53%上昇した。またほかには移動時の待遇の向上、育児手当支給、シーズンオフ時のキャリア育成の機会提供など、画期的な内容だ。

一方、今年3月に行われた女子クリケット・ワールドカップの決勝戦で、優勝を決めたオーストラリア・チームは1万USドル(約106万円)の優勝賞金を手に入れた。国際クリケット評議会(ICC)は昨年10月に賞金金額をアップ。2018年のトーナメントと比較して320%増え、男子の優勝賞金と肩を並べた。オーストラリア国内のプロ・アマチュアのクリケットを統括する団体、クリケット・オーストラリアは、もし男子と差が生じた場合には、差額を埋め合わせることを約束していた。

企業も加わり女子プロバスケットボールリーグ(WNBA)を盛り立てるプラットフォーム

人々の関心を集めつつある女子スポーツをさらにプッシュし、露出度を上げるキャンペーンも盛んに行われている。

WNBAは今年1月、「WNBAチェンジメーカーズ」というプラットフォームを立ち上げた。女性の地位向上とスポーツの発展にコミットメントを示し、インクルーシブ・リーダーシップを発揮する企業が集まる。マーケティングやブランディング、選手とファンとの対話などにおいて、WNBAへの直接的な支援を行うのだ。代表的な企業としてはAT&T、デロイト、ナイキが挙げられる。

右から3人目がWNBAコミッショナーのキャシー・エンゲルハートさん
右から3人目がWNBAコミッショナーのキャシー・エンゲルハートさん
© 2020 NBA Media Ventures, LLC | Turner Sports Interactive, Inc.

世界的にみると、企業スポンサーシップのうち、女性スポーツにあてられるのはわずか1%に過ぎないそうだ。しかし、同プラットフォームを立ち上げることで少しでも男子スポーツとの差を縮めたいとエンゲルハートさんは意欲的だ。新たな切り口のスポンサーシップに投資してもらい、WNBAはもとより、女子スポーツ、社会における女性の立場の改善を目指す。

コロナに負けない、英国のキャンペーン

英国では「アンロックト」というキャンペーンが、今年1月から5カ月間の計画で行われることになっていた。中心になったのは、女子スポーツの発展に助力する慈善団体、ウィメンズ・スポート・トラスト(WST)。同キャンペーンを通して、女子スポーツを次のレベルへと押し上げることを目標としていた。

計画では、国内のエリート女子アスリート40人は「アクティベーター(活動的にする人)」と呼ばれるマーケティングやスポーツ、メディア分野の第一人者40人とペアを組む。そして、アスリートは自分たちが直面する問題などをアクティベーターに話し、アクティベーターはアスリートが挙げた問題などの解決はもとより、どのようにすれば、それをバネにして変化をもたらすことができるかを共に考える。投資家への売り込みといった具体的な行動に出る際の支援も行う。

WST主宰の「アンロックト」キャンペーンの初日の様子
WST主宰の「アンロックト」キャンペーンの初日
© Women’s Sport Trust

しかし、キャンペーン開始後すぐに新型コロナウイルスの影響で、試合などができなくなってしまう。ファンも多いネットボールやサッカーのリーグ戦はキャンセル、サッカーのFA女子カップやラグビーの女子シックス・ネーションズも延期になった。東京オリンピックとパラリンピックも同様だ。

昨年ネットボール、サッカー、クリケットと国際的な試合で、女子チームが活躍し、観客数やファンも増えた。しかし今年試合を中止したり、延期したりすることで女子スポーツの知名度は10年前に逆戻りしてしまうのではないかと危惧されている。

そんな心配をよそに「アンロックト」は4月ごろから週に1度、Zoomミーティングを開くという、計画とは違った形をとりつつ続行されている。女子アスリートたちもそれに参加。選手同士で話し合ったり、ゲストスピーカーの話を聴いたりしながら、スキルを身に付けた。どのようにして自分の意見を言うか、どのようにすれば意義深い発言ができるかなどを学んだという。

「計画通りにはいかなかったが、WST主宰のアンロックトは1つのコミュニティとして、知名度を上げるための方法を選手は習得できたはず」とザラ・アル・クドシーさんは言う。アル・クドシーさんは、女子クリケット・ワールドカップやラグビーイングランド代表のマーケティング責任者を経験し、現在WSTの役員であり、フォーミュラ1のビジネスパートナー責任者でもある。「アンロックト」を通して得た経験を、「人生を変える」に値するものだったと感じるアスリートもいた。

ポストコロナに待ち受ける、厳しいスポンサー市場

新型コロナウイルスは世界経済に大きな影響を及ぼしている。スポーツの奨励を通して、女性をエンパワーする、世界で最も大きな規模のネットワーク、インターナショナル・ワーキンググループ・オン・ウィメン&スポートは、リソース面・予算面で男子チームを優先させる傾向があるために、女子スポーツが後回しにされることを懸念する。

女子スポーツがポストコロナの時代に知名度を上げ、成功し続けるためにはブランドとの関係を築き上げ、投資を招くことが重要だ。女子アスリートたちも、自分たちの価値観やビジョンに共感してくれるスポンサーを求めていることを表に出し、チームとしてより積極的にスポンサー探しを行わなくてはならないという自覚が芽生え始めている。