シニアを「アクティブ」する仕掛け
スポーツ/フィットネス界隈で関心を集める「アクティブ・シニア」。文字通り、高齢者でありつつも、スポーツを含め様々な活動に積極的に取り組むシニア層を指す。
高齢化がますます進展する国々において、医療費削減や経済効果などの観点からも注目を集めている。
このアクティブ・シニアには2つのタイプがあると想定される。1つは、すでに活動へのモチベーションが高く自発的に行動する「アクティブタイプ」だ。アクティブ・シニアという言葉が用いられるとき、暗にアクティブタイプを指している場合が多い。シニア層の中でも比較的若い層に多いと思われる。
もう1つは、行動するモチベーションが低いが何らかのきっかけや外部からの影響によって、活動的になる「パッシブタイプ」。シニア層の中では、このタイプの方がマジョリティーなのではないかと考えられる。身体を動かさない生活が長らく続き、活動的になることを諦めたものの、人間が元来持つ「好奇心」を刺激され、再び活動的になろうとする高齢者だ。
スポーツ/フィットネス産業がアクティブ・シニア市場を活性化させるには、後者のパッシブタイプを念頭に、如何に高齢者を「アクティブ」にするのかという課題に取り組む必要があるかもしれない。

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この点で、VRは無視できないテクノロジーだ。VRは、活動的ではない高齢者のメンタルとフィジカルを刺激し、「アクティブ・シニア」に変化させる可能性を秘めているからだ。そのような研究結果がいくつか報告されている。
また、VR市場の主要プレイヤーであるフェイスブックは同社VR「オキュラス」に関してこのほど、最新機種「オキュラス・クエスト2」のリリースに加え、オキュラスVRにフィットネス機能を追加したことを発表。これまでゲームの文脈で語られることが多かったVRだが、フィットネスやウェルネス分野での活用が本格化する兆しを見せている。
以下では、VRがどのようにして高齢者を「アクティブ・シニア」に変貌させるのか、その可能性を探ってみたい。
オキュラスVRゲームでシニアがアクティブに?
フェイスブックが開発するVRヘッドセット「オキュラス」。同プラットフォーム上では、様々なVRゲームやコンテンツを購入することができる。
人気ゲームの1つ「ビートセイバー」。音楽に合わせて飛んでくるキューブを切り落としていくシンプルな音楽ゲームだが、娯楽性が高いことに加え、フィットネスの要素を含んでおり、非常に高い評価を受けている。

https://www.oculus.com/experiences/quest/2448060205267927/
VRによる高齢者のアクティブ化において、ビートセイバーのようなVR音楽ゲームは重要な役割を担う可能性がある。
ビートセイバーは一見、若者向けのVRゲームだが、高齢者も楽しみながらメンタルとフィジカルを活性化させる要素を持っている。実際、オキュラスプラットフォーム上のビートセイバー販売ページレビューにおいて、あるユーザーから、自分が楽しむために購入したが、両親もこのゲームにはまってしまったというコメントが寄せられている。
また、別のユーザーは、自身の下半身が不自由であり義足をつけているが、ビートセイバーはそれに関係なく十分に楽しめること、さらには上半身のトレーニングにちょうど良いとのコメントを寄せている。
高齢者の中には、下半身が思うように動かなくなった人も多い。そのことが影響して、活動が不活発化したというケースは少なくないだろう。しかし、上記事例は、その状況を変えられることを示唆している。
またフェイスブックはこのほど、オキュラスVRにフィットネス機能を追加したことを発表。ビートセイバーなどでのカロリー消費量、運動時間、運動目標の進捗度合いをトラックできるようになっている。この機能は、高齢者に運動を続けるモチベーションを与えるものにもなり得る。
高齢者の嗜好に特化したデザインの重要性
ビートセイバーは高齢者向けにデザインされたものではない。もし、高齢者向けにデザインされた音楽VRゲームが登場すれば、より多くの高齢者をアクティブにできるかもしれない。
高齢者向けVRコンテンツ制作に特化した企業はすでに複数存在しており、これらの取り組みから得られるヒントは多いはずだ。米国のVR企業MyndVRの取り組みは興味深いものだ。

https://www.myndvr.com/vr-for-senior-living-communities
同社は、バンドがフランク・シナトラの曲を演奏する様子を360度カメラで撮影、あたかもコンサートの最前列でバンド演奏を視聴しているかのようなVR空間を作り出した。またこのVR空間では、他のオーディエンスは1950年代のファッションを身に着けており、高齢者が若い頃を思い出せる演出が施されている。
この取り組みでは、ビートセイバーのようなインタラクティブ性やフィットネス性はないものの、高齢者のメンタル活性化において効果があったことは間違いないだろう。
高齢者の「孤独」を解消し、「アクティブ化」する仕掛け
MITスローン経営大学院の卒業生らが立ち上げた高齢者向けVRスタートアップ「Rendever」の取り組みも、シニアを「アクティブ」にするヒントを与えてくれる。
同社創業者のリード・ヘイズ氏は、VRで高齢者のうつや孤独を解消したいというアイデアを持ち、スローン経営大学院に進学。同氏は、とある老人ホームでこのアイデアを試すことにした。
そこにいたのは、認知症を患う老人。車椅子に座り、ほとんど動かない。目もかすかに開いている程度。ヘイズ氏は、この老人にクラシックピアノ曲をBGMにゴッホの絵画が3次元で表現されるVR動画を視聴させた。すると、この老人にみるみる活力が戻り、笑いながら足を床にタップし、喜びを表現したというのだ。
この経験で、VR効果を確信したヘイズ氏はクラスメートとRendeverを立ち上げることになる。同社は、高齢者向けのバーチャル旅行やダイビング、またゲームなどのVRコンテンツを提供。またクラウドを活用し、多人数が同時に、同じVRコンテンツを共有できるソーシャルの仕組みを構築した。

パリへのバーチャル旅行を体験したとある高齢者が1955年にパリに行ったことがあり、そこには小さなカフェがあった、などと詳細な記憶を語り始めることもたびたびあるという。高齢化が進む米国でも、高齢者の孤独化は社会問題になっているようだが、VRによるメンタル刺激や体験シェアによって、同問題を大きく改善できる可能性が示されている。
VR市場の拡大にはヘッドセットの普及がボトルネックになっていると思われているが、今回フェイスブックが発表した「オキュラス・クエスト2」は299ドル。価格的な障壁はなくなりつつあると見て差し支えないだろう。 高齢化社会でVRはどのような役割を担っていくのか、今後の展開を楽しみにしたいところだ。

