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2020年10月29日 分析と解説

AgeTech起業家に求められる新たな視点「ケア」から「レクリエーション」へ

【連載】本稿は特集「アクティブシニア攻略のヒント」に収録されています。この連載の記事一覧はこちらからご覧いただけます。

高齢者の活動が活発化し、「アクティブ・シニア」という言葉も浸透している。そんな中、今後シニア向け市場では、ケアよりも「レクリエーション」を提供するサービスやプロダクトが中心になると見られている。今回は、有名投資家やヘルスケア専門家の意見も交え、高齢者のレクリエーションにフォーカスする、注目株の「AgeTech」企業を紹介する。

「AgeTech」ビジネス面での大きな可能性

日本でもサービス利用者の多いウェブサイト構築プラットフォーム「Wix」。そのWixの会長を務めるマーク・トルシュチ氏は、敏腕ベンチャーキャピタリストとしても知られる人物だ。彼はWixだけでなく、Skypeがまだ初期の段階でいち早く投資した経歴を持つ。

そんなトルシュチ氏が今注目しているのが「AgeTech」だ。AgeTechは、ヨーロッパだけでも3.7兆ユーロと見込まれ「シルバー経済」において重要な地位を占める。

高齢化にともなう市場拡大、そしてテクノロジーを活用したプロダクトとサービスが拡大するという見込みから、自身が設立したMangrove Capitalを通じて、トルシュチ氏は関連投資を拡大しているようだ。ちなみにこれまでMangrove Capitalは、10億ドルものアーリーステージの企業への投資をすでに行っている。

一方、AgeTech分野では現在、多くのスタートアップが誕生しているものの、典型的な高齢者をイメージしたプロダクトやサービスが多く、その意識を変える必要があるとトルシュチ氏は指摘する。

同氏曰く、「65歳以上の人はテクノロジーにエンターテインメントを求めていない」「高齢者はケアを前提としたサービスやプロダクトを求めている」といったものは古いイメージであるということ。これからは、高齢者が自主的に「やってみたい」と求めるプラットフォームやエンターテインメントが必要であり、儲けられるビジネスもそこに隠れていると考察している。

イスラエルのMediterranean Towers Venturesの共同経営者、ドヴ・シュガーマン氏も、「60歳以上の人はテック恐怖症であるか、またはケアを必要としているという概念が一般化されている。しかし、よりよいアプローチは、認知的・身体的能力および経済的地位に沿って、高齢者の人口統計をセグメント化することだ」と指摘する。

市場の面でも、退職後のシニアは自由に使える資金が多いだけでなく、その数も世界的に増加している。国連の推測では、世界で80歳以上の人口は2050年までに現在の3倍になるとされており、さらに2100年には2017年の約7倍に達すると予測されている。

シルバー経済に着目するヨーロッパの動き

こうしたAgeTechのビジネス的な可能性と市場拡大の背景を受け、ヨーロッパではAgeTechに焦点を当てた企業が次々と生まれている。それは民間だけでなく、地域の高齢者人口が急速に増加していることを背景に、政府自体もこのセクターに多く参画してている。

例えば、以前の記事でも紹介したシニア向け市場におけるイノベーターネットワークである「Aging2.0」。これは主にスペイン、イタリア、英国、ベルギー、オランダ、イスラエル、フィンランド、フランス、チェコのスタートアップ起業家が主導しており、ヨーロッパ全土に14の支部がある組織となっている。

フランスのAging2.0コミュニティは、ガブリエル・モンテイロ氏が運営している。彼は、ソーシャルおよびヘルスケアの専門家がイノベーターに会うための「スタディツアー」を実施する企業で働き、技術分野でのパートナーシップを促進している人物だ。

同氏によると、フランス政府は2013年、シルバーエコノミーロードマップと呼ばれる計画を立案。シルバー経済の機会を活用すべく、シルバーテック・イノベーションのための非営利組織「Sliver Valley」を設立した。それ以来、フランスはシルバーテック起業家にとって肥沃な土壌であるという。

 「私たちは、社会的イノベーションと経済的イノベーションを結びつける運動に、実際に関与し得る政治力を持っています。 シルバーエコノミーはフランスにとって、新しい専門分野になるでしょう。政府もそれについても同意です」(モンテイロ氏)。官民協力体制でこのセクターに取り組んでいる。

フランスのAgeTech最新事例

ではそうしたフランスの戦略で実際に成長したスタートアップの例を見ていこう。

まず、「CetteFamille」は、高齢者が「里親」と一緒に暮らす、退職後コミュニティに相当するシェアリングエコノミーを中核に置いたビジネスだ。CetteFamilleは、設立から5年間で6000の里親を提供し、直近もVCから200万ユーロを調達した。

「CetteFamille」https://www.cettefamille.com/

また、「Silver in Touch」は一見、フリーランス向けのプラットフォームサイトのようだが、実は高齢者の社会的孤立を解決するものである。これを利用し、若年層と高齢者のスキルを通じたマッチングを成立させる。

スキルは例えば、コンピュータや家具の修理、家事や料理、映画鑑賞や話をする、といったものまで。有料・無償の活動が含まれる。

「Silver in Touch」https://www.silverintouch.fr/

そして、「Le Talents D’Alphonse」は、より若かしく、生き生きと働けるシニアに特化したもので、ベビーシッター、裁縫、編み物のレッスン、語学指導、音楽のレッスン、写真撮影のコースなど、独自のスキルを提供できるプラットフォームとなっている。

「Le Talents D’Alphonse」https://lestalentsdalphonse.com/

前出のモンテイロ氏は、AgeTechの起業家は、通常より多くの調査とユーザーテストを行う必要があると強調している。

それは、イノベーションワークショップなどの場において、高齢者をテクノロジーによって管理する存在から、起業家が「貢献する」存在として捉え直すべきと考えているからだ。 ケアではなく、レクリエーションを提供するサービスやプロダクトが中心となる傾向は、健康寿命・平均寿命の延伸からも理にかなっている。健康でアクティブなシニアの増加により、世界的に大きな需要がこのセクターには見込まれるだろう。

企画・編集:岡徳之(Livit)