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2020年10月24日 分析と解説

高齢化は「課題」から「機会」へ、シニアエコノミーを考えるこれからの視点「Aging 2.0」

Photo by Ravi Patel on Unsplash

【連載】本稿は特集「アクティブシニア攻略のヒント」に収録されています。この連載の記事一覧はこちらからご覧いただけます。

日本国内で100兆円を超えると言われるシニア市場。次々と生まれるテクノロジーを活用した製品やサービス「エイジテック」も話題となっている。そんなシニアエコノミーの最新動向を知る上でキーワードとなるのが「アクティブシニア」という言葉だ。シニア市場では、介護や医療に関連したものだけでなく、活発な消費行動をとる活動的な高齢者の存在が注目されている。

そうした背景から、「アクティブシニア」を掲げたイベントやスタートアップも増えてきており、高齢者限定のマッチングアプリやスキルシェアといったイノベーティブなサービスが提供されるようになっている。

一方、「アクティブシニア」以外に高齢化に関連して急浮上している注目ワードが「Aging 2.0」。アクティブシニアと同様、高齢化を既存の医療・介護上の解決すべき「国家の課題」としてだけでなく、もっと新しい視点から捉えるべきとの意味が込められた言葉だ。カリフォルニアからスタートし、いまや世界に広まっている「Aging2.0」というキーワード。それが提示する新たなモノの見方をお伝えする。

高齢化は「課題」でなく「機会」

高齢化を「課題」でなく「機会」と捉える視点
(AGING 2.0公式サイトより)

これまで「高齢化」という言葉から連想されるのは、国が取り組むべき医療や介護といった様々な「課題」であり、政府や非営利組織による個別のサポートに焦点があてられることが多かった。

そのような視点を「Aging1.0」、いわば旧バージョンの高齢化に対する考え方だとすると、「Aging2.0」は高齢化は「課題」であると同時に、ヘルス、ウェルネス、ライフスタイルビジネスの「機会」でもあるという考え方だ。サービス提供の主体としても、公的機関だけでなく、地域コミュニティにおける民間企業とNPOが重視される。

たとえば、独居高齢者の増加という現象を考えるなら、「Aging1.0」では公的機関による訪問サポートなどの提供だけが期待される。しかし「Aging2.0」という視点からは、公的サービスに加えて、若い層の住宅不足問題と高齢者の見守り問題、双方に同時にアプローチする多世代シェアハウスやハウスシェアマッチングサービス創出の機会という見方がなされるだろう。

高齢化に焦点を当てた世界最大のイノベーション・プラットフォーム

エイジング関連イノベーションプラットフォーム「Aging2.0」
(AGING 2.0公式サイトより)

そんな新たなシニアエコノミーにおけるイノベーションをサポートするために生まれたのが、この「Aging2.0」という視点そのものをその名に冠したグローバル・イノベーション・プラットフォーム「Aging2.0」だ。

「Aging2.0」の目的は、起業家や専門家、技術者、投資家、ヘルスケア事業者、そして高齢者自身が「Aging2.0」をテーマに集うコミュニティを構築し、エコシステムを生み出し、イノベーションを創出すること。

カリフォルニアで生まれたこの小さな団体は、いまやボランティアが運営する支部ネットワークを入れると、日本を含む65カ国以上に展開するまでになり、野村総研、損保デジタルラボといったスポンサーをのもと、様々なイベントの開催を通じてシニアエコノミーのイノベーションをサポートし続けている。

「Aging 2.0」の優先課題「8つのグランドチャレンジ」

高齢社会でイノベーションが求められている分野には様々なものがあるが、Aging2.0コミュニティでは、その中で8つの優先領域を設定し、「8つのグランドチャレンジ」と名づけている。

そのグランドチャレンジとは、高齢者の屋内外の移動全般を支援する「モビリティ&ムーブメント」、日常生活で必要な食事、入浴、着替えなどの動作を支援する「日常生活・ライフスタイル」 、 認知症やうつ病といった老年期のメンタルヘルスにフォーカスする「脳の健康」、複数の病院、ケア事業者のサービス連携をサポートする「ケアコーディネーション」、個人の人生観を尊重した死の迎え方を支える「終活」など。

「8つのグランドチャレンジ」に掲げられた課題の多くは、これまでも医療・介護従事者によって取り組まれてきたものだ。

しかし、「Aging 2.0」では、そこにテクノロジーや介護・医療保険だけに留まらない様々な形のビジネスの創出という視点を持ち込むことで、専門家の業務をサポートし、高齢者やその家族がより暮らしやすいサービスや製品を生み出すことを目指す。

 「8つのグランドチャレンジ」で、特にコアとなるテーマとして重視されているのは「介護」。

Aging2.0では、様々なプレイヤーが協働して社会課題解決に取り組むプロジェクトを「コレクティブ」と呼んでいるが、Aging2.0は昨年、米コンサルティング会社「シェイパブル」と提携して「ケアギビング・コレクティブ」を発表。ビッグデータ分析に基づいたインサイトやソリューション提案、メンバーのマッチング・プラットフォームの構築を行った。

高齢者が主体的に社会と関わることもサポート

 「8つのグランドチャレンジ」には、上記のような高齢者にとって困難なことをどのようにサポートするかというものだけではなく、高齢者がアクティブに社会と関わる機会をつくることを目指すものもある。

シニア層のスキルや経験が発揮できる環境の整備や、生涯学習の機会を創出する「エンゲージメントと目的」はそのひとつ。高齢者の社会的孤立という課題に挑むという意味ももちろんあるが、労働人口減少へのソリューションとしても注目されている。

また、老後のファイナンスに焦点を当てたグランドチャレンジ「ファイナンシャル・ウェルネス」でも、高齢者がアクティブに就労、社会参加する機会の確保は重要な要素だ。

日本でも開催「Aging 2.0」関連イベント

世界最速で高齢化する日本においても「Aging 2.0」関連イベントはもちろん開催されており、ピッチイベント、ミートアップなど2015年から行われている。

その最新版は、必ずしも高齢者のみを対象にしたものではないが、経済産業省主催のヘルスケア産業を対象としたビジネスコンテストで、薬剤師向け服薬指導支援ツール「Musubi」を開発する株式会社カケハシがグランプリを受賞をした。

経済産業省は、このところヘルスケア分野のスタートアップ支援に力を入れており、昨年夏にはワンストップ相談窓口として「Healthcare Innovation Hub」、通称イノハブの設置も行っている。

高齢化は国から地域社会を中心とした取り組みにシフト

今年、菅首相が政策理念として「自助・互助」という言葉に言及し、政府が責務を投げ出すのかとの批判が多く聞かれた。

しかし、高齢化社会への対応を政府中心のものからローカルコミュニティ、高齢者本人や市民、非営利団体や企業、スタートアップを中心にしたものへシフトしていこうという考えは、この「Aging2.0」がすでに65カ国に展開していることから分かるように、決して目新しいものではない。 

もちろん政府は医療、介護を可能な限り充実させる責務があるが、急増する高齢人口と減少する勤労人口のバランスを考えると、これからの高齢化社会を公的なサポートだけで支えきれないのは明確だ。  なにより、世界各国が高齢化している今、シニアエコノミーを経済活性化、ビジネスの「機会」と捉える視点は、フランス政府などをはじめ世界各国が打ち出すようになっている。今後の高齢化社会を考える上で、「Aging2.0」という視点の重要性はますます増していくだろう。

企画・編集:岡徳之(Livit)