2020年現在は9%→2050年には22%。2020年現在は59%→2050年には90%。この数字が何を示しているかお分かりだろうか。
最初の数字は、世界人口に対する60歳以上の比率、次の数字は世界人口に対するインターネットユーザー率である(どちらも国連のレポートより)。先進国では高齢化が一層進んでおり、65歳以上は2019年でもEU圏22.8%、アメリカ16.5%だ(Statistaより)。ちなみにトップを走る日本は28.4%となっている(総務省の資料より)。

出典: United Nations (2017). World Population Prospects: the 2017 Revision
国による差はあるものの、60歳以上の人口は増え続け、そう遠くない将来、ほぼ全世界でインターネットの使用が可能になる。この傾向は最近になって「発見」された事実ではなく、こうなることは予想されていた。それにも関わらず、ITといえば、ミレニアル世代やZ世代などのデジタルネイティブが主流で、60歳以上は傍流と捉えられがちだった。
ITが旺盛な「シルバー・エコノミー」に後発参入
第二次大戦後のベビーブーム時代を筆頭に旺盛な消費を行うシニア世代に、マーケットが目をつけないわけがない。「シルバー・エコノミー(高齢層経済)」という言葉も誕生し、医療・介護はもとより、消費財、ホスピタリティなど様々な産業が参入している。そして今、台頭しているのが傍流だったIT産業だ。
ITがこのセクターで後発になったのには理由がある。シニア用ITといえば、機能を減らしたり、分かりやすいデザイン設計でユーザビリティを高めるデバイス開発に重きが置かれていた。その間にもIoT、生体認証、AI、ロボティクス、5G、VRにARなど情報テクノロジーは着々と進化を遂げていた。
その結果、高齢者対象のテクノロジーが多様になり、応用の可能性が爆発的に広がったのだ。現在は、技術でなにが実現できるのか、どんなサービスが創出できるのか研究、検証が行われているフェーズだと言える。つまり、「Age Tech」は黎明期を迎えているのだ。
ITのディスラプション「Age Tech」
その動きが顕著なのが、高齢化先進国の欧米だ。高齢者に特化したテクノロジー分野は「Age Tech」という名前で認知されつつあり、ITの新たなディスラプションとして期待がかかっている。
Age Techは高齢者×テクノロジー、あるいは高齢化社会で発生する課題解決のためのテクノロジーのことだが、その特徴はすそ野の広さにある。というのも、主体となるのは高齢者だけではないからだ。高齢化社会は少子化が進んでいるということでもあり、現役層がより多くの高齢者を支えることになる。
つまり、Age Techは高齢者だけではなく、その家族、地域社会、医療・介護機関など、さまざまなプレイヤーが参加する、いや、しなくては成り立たない分野なのである。2025年にはAge Techのマーケット規模は2.7兆米ドル(約285兆円)になる可能性があると言われている(「’Age-Tech’: The Next Frontier Market For Technology Disruption」Forbesより)。
Age Tech先進国のヨーロッパで2021年に予定されている主な展示会を概観し、その概要を探ってみたい。
フランス「AgeingFit」
フランスの経済開発局Eurasantéが主催。2021年で第5回目を迎える、イノベーションパートナーシップに特化したヨーロッパ初のパートナーイベント。展示内容は健康・医療デバイス、データマイニング、リサーチ、保険など全方向を網羅している。20カ国以上が参加、50の展示、75人のスピーカーが招待され、高齢者の心身、社会的な健康を支えるイノベーションを育成する。
イギリス「Dementia, Care & Nursing Home Expo」

新しいソーシャルケアモデルを提案する展示会。ケアホーム、老人ホーム、在宅ケアなど、人を中心にした高品質なケアを提供するためのテクノロジーや製品を紹介。認知症を疑似体験する「The Virtual Dementia Tour」を開発した企業も参加。最新テクノロジーでケアの向上、持続可能なモデルを探るCare Tech Liveも開催される。Care Tech Liveでは、ケアビジネスのオーナーやマネジャを対象に最新テクノロジのレクチャが行われる。
イギリス「Longevity Leaders Forum」

Age Techを語る上で、Longevityの概念をはずすことはできない。Longevityは「長生き」という意味だが、現在、盛んに議論されているLongevityは単に寿命の長さだけではなく「健康に、健やかに長生きする」ための仕組みづくりやイノベーションを差す。ヴァーチャルで開催されるこのフォーラムでは、エイジングサイエンス、エイジングウェル、ロンジェビティリスクの3つのテーマで会議を設け、各テーマを深く掘り下げる。また、全体会議とネットワーキングセッションで学術的な交流も促す。Longevityは、サイエンス、テクノロジー、ビジネス、ファイナンスを包括してロンジェビティ・エコノミーとも呼ばれている。
イタリア「AAL Forum」

AALは高齢者のクオリティオブライフをサポートし、医療システムの持続性を確保しながらビジネスを活性化することを目的としたヨーロッパのイニシアチブ。2008年以来、220を超えるプロジェクトに資金提供している。デンマークで開催された2019年のイベントでは、スタートアップが企業にプレゼン(エレベータピッチ)を行う新たなワークショップを開催。終末期をオープンに語るゲームソフト、異文化とケア、失禁対策などAge Techが必要とする斬新な切り口から高齢者とテクノロジーのマッチングを発表した。AALは、Active and Assisted Living の略。
スウェーデン「Vitalis」

スウェーデンは、2025年までにデジタル化とeヘルスの普及が世界トップになると目されている。スカンジナビア最大のeヘルスイベントであるVitalisでは、ヘルスケアと社会福祉の変革に焦点をあて、在宅モニタリング、位置測位システム、異常行動検出、遠隔医療、AI、ロボットロボティクスなど、主に高齢者の自立した生活を支援するサービス、テクノロジを紹介する。2020年はデジタルコンフェレンスという形で開催された。
柔軟な発想が求められるAge Tech
このような展示会やイベントが頻繁に行われることで今後もAge Techの注目度が上がり、異業種スタートアップやベンチャー企業の参入も盛んになり、期待通りのディスラプションが起こるかもしれない。そのきっかけとなるのは最新の技術だけだろうか。そうとは言えない好例がある。
ヘルス・フィットネスを業種とするノルウェーの企業Motitechは、高齢者の健康問題は身体の老化よりもむしろ、運動量の低下と孤独にあることに注目。
ベルゲン市のナーシングホームと協力して屋内のエアロバイクとサウンド付きビデオを接続したMotiviewを開発。老人がバイクを漕ぐと目の前のスクリーンに自分が見知っているストリートが映し出され、あたかも本人が自転車でその通りを走っているような体験が得られる。
代表者のひとりStian Lavik氏は、ケアホームでは、「質の良いケア」に心血を注いでしまいがちだが、運動も同様に大切だと説く。動画と連動したエアロバイクを設置して2か月後、ケアホームの入居者の体力、睡眠と食欲のバランスすべてが向上したことが明らかになった。

ROAD WORLDS FOR SENIORSというプロジェクト名で、各国で展開。7カ国4,300人のサイクリストが参加したワールドカップも開催している。
ケアという分野は、対象が高齢者だけに視野が狭くなりがちだ。そこに外部から風を通すことで健全なイノベーションが発生する。プライオリティは高度なテクノロジーではなく、Motitechのように、盲点に気づく柔軟な発想力ではないだろうか。それがAge-tech発展の鍵を握っていると思う。
企画・編集:岡徳之(Livit)

