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2022年2月18日 分析と解説

【解説】イトマンスイミング親会社のブリヂストン系水泳教室M&Aを紐解く、買収後は有力な業界首位グループに躍進

Photo by Quimcy Dsouza on Unsplash

2月14日、ブリヂストングループはグループ会社のブリヂストンスポーツアリーナ株式会社の全株式を、東進ハイスクールや四谷大塚・イトマンスイミングスクールなどを運営する株式会社ナガセに売却することを発表した。2022年3月に全ての手続きが終わる見込みだ。

開示資料等からBEHIND THE FITNESS編集部が作成

今回ナガセが買収するブリヂストンスポーツアリーナ社は株式会社ブリヂストンの孫会社に該当、ブリヂストン子会社であるブリヂストンスポーツ株式会社の100%子会社で、主に3つの業態を展開している。主力はスイミングスクール業態である「ブリヂストンスイミングスクール」で、その他にもスイミングやカルチャースクール・その他スポーツ教室を複合した「ブリヂストンスポーツアリーナ」、テニス教室を主力とする「ブリヂストンテニスハウス」の3業態となる。

買収する株式会社ナガセは「東進ハイスクール」「東進衛星予備校」で知られる上場企業で、グループ企業には「四谷大塚」「早稲田塾」など学習塾の大手ブランドをいくつも抱える。そしてフィットネス領域では「イトマンスイミングスクール」を保有している。

今回の買収によって、ナガセはイトマンスイミングスクールとブリヂストンスイミングスクールの2業態を傘下に収め、業界の中でもさらなる存在感を発揮することとなる。

イトマン・ブリヂストンは顧客満足度でも2トップの存在

2022年2月1日に発表された「オリコン顧客満足度調査® キッズスイミングスクール」の結果を見ると、総合ランキングではイトマンスイミングスクールが1位、ブリヂストンスイミングスクールが2位となっている。顧客支持の高い両社が同じ傘下に入ることのインパクトがこれでも十分に伝わる内容だ。

各評価項目を見ると、ナガセ傘下のイトマンスイミングスクールが全11項目中7項目で1位を獲得、一方のブリヂストンスイミングスクールは「衛生管理」「施設の充実度」では1位を獲得しているほか、4項目では2位の評価を獲得している。

ナガセ傘下となった後、両社は兄弟会社となる。今回の買収決定の発表資料でナガセは「ブリヂストンスポーツアリーナ及びイトマンの知見、ノウハウを、生徒指導面、募集施策面、校舎運営面で相互に融合し、有効に活用することで、各地域において、よりブランド力、顧客満足度を高めた更なる発展を目指していきます。」とコメントしている。

具体的な事業連携の方向性などは今後分かるとしても、両社は各項目において顧客支持を獲得するノウハウを蓄積しており、切磋琢磨することでさらなる両業態のブラッシュアップが期待できることは確かだ。

さらに今回のディールによって、ブリヂストンスイミングスクールはブリヂストン傘下から離れたため、当然「ブリヂストン」の看板を降ろす可能性も考えられる。そのため、将来的にはイトマンと経営統合することや、イトマン・ブリヂストン両社が第三のブランドで新たな船出をする可能性も想定される。そうした動きの中で、顧客の支持基盤が強固であることはプラスに働く一因にもなり得るポイントだろう。

ブリヂストンスポーツアリーナはコロナ禍で業績不振に

今回の電撃的な売却に至る背景には、ブリヂストン社が2021年2月に打ち出した中期事業計画によるグループ戦略の見直しがあるのは間違いない。ブリヂストン社の本業であるゴム事業とそれに付随するソリューション事業へ経営資源の集中・プレミアム戦略と「本業回帰」に加え「さらなる高解像度・高品質による本業強化」を強く打ち出す中で、ノンコア事業に該当するブリヂストンスポーツアリーナ社の取り扱いは当然課題となる。

それに加えコロナ禍による業績不振も重なった。いわゆるフィットネスクラブと比べ、スイミングスクールやスポーツスクールなど「月謝制の子供の習い事」領域は、会員の減少幅やペースが緩やかであるが、それでもコロナ禍の長期化によって厳しい経営状態が続いているのも事実だ。

開示資料・決算公告等からBEHIND THE FITNESS編集部が作成

ブリヂストンスポーツアリーナ社の決算公告によると、売上高は2018年・2019年の30億円台から急落、2021年12月期は21億円まで減収している。顕著なのは当期純利益で、2018年は0.5億円の黒字だったところから、2020年12月期では7億円の赤字に転落した。

ただし、同社の営業利益・経常利益の推移はわからないことに留意願いたい。7億円の赤字は、例えば事業計画の修正によって発生した施設の減損処理や、休館による人件費の特損処理といった一時的な損失によるものである可能性は存在している。

しかしながら、2020年の売上高は前年比で10億円以上減少しており、仮に売上原価・販管費の削減を進めたとしても、一時的な損失の発生無しで、営業利益段階において7億円近い赤字になっている可能性は十分あると推測できる。

開示資料・決算公告等からBEHIND THE FITNESS編集部が作成

こうした厳しい経営環境の結果、同社の財務内容も徐々に厳しいものとなっていったことが見て取れる。例えば、現預金や売掛金等が該当する「流動資産」は2020年12月の期末で72百万円まで落ち込み、短期借入金や買掛金・未払金などが該当する「流動負債」は2018年と比較して6億円以上増加、過去の累計損益を表す「利益剰余金」は3億円のマイナスに転落してしまった。

2020年12月末の同社の状況を簡単にまとめると、売上の3分の1がなくなり(10億円の減少)、手持ちの現預金は昨年同期比で8割近く減少、借金や支払わないといけない金額が前年比で2倍になり、累積の家計収支はマイナスに転落した、そんな状況だ。

つまり2020年12月末時点では、一歩間違えば資金繰りにも大きな影響を出しかねない内容となっていることが分かる。2021年度の決算公告がまだ開示されていないため、この後の財務対応は不明だが、現時点で同社のHPには資本金が10百万円と表記されているのを見る限り、親会社であるブリヂストンスポーツ社からの増資による対応ではなく、銀行もしくはブリヂストングループからの借入で資金対応が進んだものと想像される。

つまり、ブリヂストングループ中期事業計画の発表が2021年2月であることを考えると、2020年4月以降コロナの影響をモロに受け12月末時点では相当厳しい状況に追い込まれたノンコア(本業ではない)事業子会社に対し、「支援を続けて事業継続させるか」「他社に売却するのか」はたまた「事業を終了するか」という結論は、2020年中には「とりあえず一旦資金支援はするけども・・・」という形である程度出ていたと推測される。

ナガセは「イトマンスイミングスクール」もM&Aで取得

このような状況で「ブリヂストンスイミングスクール」取得に名乗りを上げたのが、学習塾大手のナガセだった。ナガセは自社で開発した「東進ハイスクール」や「東進衛星予備校」等の学習塾を全国展開するのほか、2006年には「四谷大塚」、2014年「早稲田塾」を買収するなどM&Aによる事業拡大にも積極的に動いている。

そのナガセが「体育」領域への展開として2008年に買収したのが「イトマンスイミングスクール」だ。イトマンスイミングスクール運営会社のアイエスエス株式会社(現 株式会社イトマンスイミングスクール)の株式90%を、保有していたNSキャピタルから30億円で取得した。

買収直前期のアイエスエス社(当時)の業績は、売上高60.9億円、経常利益4.5億円、総資産55.5億円、純資産6.8億円。当期純利益が2.5億円と仮定するとPERは約13倍、PBRでは約4.8倍とそれなりに高い評価での買収だと分かる。

今回ナガセが買収したブリヂストンスイミングスクール運営会社と、買収当時のイトマンスイミングスクール運営会社の財務内容を比較すると、ブリヂストンスイミングスクール運営会社の財務内容はかなり厳しい状況であると言わざるを得ない。

しかしながら、ナガセにとって「スイミングスクール」はすでに「勝手知ったる業態」であり、さらに顧客からの支持も高い競合が、市場環境や方針の変化を受けて取得できるチャンスがあるとなれば、少々財務内容が悪かろうが買収に踏み切る判断に至るのは想像に難くない。

出店エリアは補完関係に、関東・関西・九州をカバー

ナガセは今回の買収の狙いとして「九州中心のブリヂストンスポーツアリーナと首都圏、関西圏中心のイトマンとの間で拠点の重複がないことから、ブリヂストンスポーツアリーナの拠点をそのまま引き継ぐことが可能であり、イトマンと合わせ、品質はもちろん事業規模においても日本を代表するスイミングスクールとなると考えております」と開示資料でコメントしている。

開示資料等からBEHIND THE FITNESS編集部が作成

ブリヂストンスポーツアリーナの保有施設内訳を見ると、21施設中16施設が福岡県と佐賀県に位置しており、九州偏重(福岡偏重?)の出店状況であることが分かる。開校しているスクール内容に目を向けると、テニススクール業態の2施設を除き、他はすべてスイミングスクールを実施しており、大牟田店のみジュニアスイミングスクールのプログラムが実施されていない状況。

一方でイトマンスイミングスクールは、現在32施設・提携店18施設、合計50施設を全国で展開している。地域ごとの割合では、関東に14施設、近畿28施設、その他地域5施設と関東/関西偏重の出店構成となっている。

開示資料等からBEHIND THE FITNESS編集部が作成

今回の買収で実現するイトマン・ブリヂストン連合の施設ポートフォリオを合わせてみると、関東・関西エリアはイトマンスイミングスクールが、九州エリアはブリヂストンスイミングスクールが担うことで出店エリアのポートフィリオは非常にバランスが良いものになる。

イトマンスイミングスクールにとっては、施設のない九州(福岡)エリアを一気にカバーできることとなり、ブリヂストンスイミングスクールにとっては手薄だった関東・関西へのパイプができる。

国内人口分布エリアにおいて、関東・関西・九州という主要な商圏をイトマン・ブリヂストン連合はバランスよく抑えることができた。また天災や地政学リスクなどを考えれば、施設配置のポートフォリオとしても安定感が増す印象だ。

買収ではなく新規出店という選択肢はなかったか

もし今回の買収が行われなかった場合を考えてみたい。イトマンスイミングスクールから見て、既存施設のない九州エリアへの出店を考えると、商圏人口を考慮すればやはり福岡県は外せない。

そうすると福岡県に15施設展開しているブリヂストンスイミングスクールは当然最たる競合になるだろう。特にブリヂストンスイミングスクールが福岡県内を15施設でカバーしていることを考えれば、福岡県内の主要商圏のほとんどをすでに抑えており、そこに各ローカルエリアのスイミングスクールも競合として存在していることを考えると、九州での出店はどこに出そうとも簡単ではない。

逆にブリヂストンスイミングスクールが関東・関西・東海エリアで出店を重ね、勝ち残らねばならないと考えたとき、そのエリアにはセントラルスポーツ・ルネサンスなどの総合フィットネスも主要な競合として存在しており、その上でイトマンスイミングスクール・JSS・スウィンといったスイミングスクール専業大手も立ちはだかるため、こちらも容易ではない。

そもそも日本のフィットネス業界は、セントラルスポーツが出店した民間初のスイミングスクールから始まっており、スイミングスクールは日本全国、地方部に至るまで事業者が広く存在している。そのため、地域密着で経営を続けてきた地元のスイミングスクールに対して新規出店で対抗していくことの難易度は高い。

それに加え日本の人口動態は明確な少子化状態に入っており、現在、地方部で経営を続けるスイミングスクールは過去行われた熾烈な競争の果の「残存者利益」を享受しているとも捉えられる。そのような状況でジュニアスイミングスクールをメインコンテンツに据えた施設が地方部へ新規出店するということは、限られたパイの奪い合いに拍車をかけていくことになる。

ただでさえスイミングスクールの出店にかかる初期投資はフィットネスクラブの比にならないほど高い。資金調達の側面や投資効率の観点からもなかなかスピード感を出すのが難しく、総合型フィットネスクラブの昨今の状況とほぼ同様の状況にある。フランチャイズによる出店だとしても市場環境が変わるわけではないため、むしろ加盟募集はしづらいだろう。

㈱ナガセ有価証券報告書からBEHIND THE FITNESS編集部が作成

ここでイトマンスイミングスクールがナガセ傘下に入った後から開示されている過去の業績推移を見ると、同社は着実な事業成長をたどっていることが分かる。直近21年3月期はコロナ禍に減収減益となっているものの、経常利益は黒字を維持しており、盤石な財務体質を築いている。

しかしながらここで述べてきたように増収傾向は近年鈍化傾向にあり、ここから未出店エリアに対して積極的な出店攻勢をかけていけるかというと、やはり長期的に取り組んでいくほかなく、その上で熾烈な競争を仕掛けることを考えると現実的には難易度が高いだろう。

こうした市場背景を考えると、ナガセによるブリヂストンスイミングスクールの買収金額は非開示ながら、仮に少々高い評価額の買収であったとしても「効率的な面取り」を一気に実現できる今回の買収は良い意思決定だったと考えられる。

イトマン・ブリヂストン連合は有力な首位グループに

スイミングスクール業界は、現在日本テレビHDの持分法適用会社であるジェイエスエスや、ルネサンスなどが長らく首位グループに位置してきたが、今回のナガセによるブリヂストンスポーツアリーナ買収により、イトマン・ブリヂストン連合は有力な業界トップグループに躍り出る。

開示資料からBEHIND THE FITNESS編集部が作成

コロナ禍前の19年・20年の2期間を見れば明らかで、イトマン・ブリヂストンは首位グループと比べると売上高ではそれなりに差をつけられている状態だが、イトマン・ブリヂストンの合算を見れば圧倒的な首位グループと言える規模になっている。

施設数はイトマン・ブリヂストン連合は合計68施設となるわけだが、2022年2月時点で確認できる競合他社の施設数(キッズスクール開校施設)と比較すると、ジェイエスエスは82施設、ルネサンス79施設、コパン36施設、ビート37施設、メガロス23施設となっており、イトマン・ブリヂストン連合の68施設はかなり競争力のある事業規模になっているだろう。

こうして見ていくと、今回の買収劇がいかに大きなインパクトのある決定だったか少し理解頂けただろうか。日本のフィットネス業界の「祖業」とも言えるスイミングスクール領域で起きた今回の大きな変化が、業界全体を動かす大きな波となるのか、今後も期待を込めて注目していきたい。