オンラインのフィットネス業界誌

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2020年7月13日 分析と解説

なぜ高級ジム業界の王者「EQUINOX」は顧客を魅了し続けられるのか

コワーキングスペース業界に突如現れ、今やコワーキングスペースの代名詞となったWeWork。センセーショナルなソフトバンクの投資や、派手な赤字が目立つ業績によって何かと問題点にフォーカスされがちな企業だが、WeWorkがコワーキングスペース業界にもたらしたものは大きい。

最も業界を革新した点で言えば「いわゆるコワーキングスペース」的な内装デザインと設備を高いデザイン性によって魅力あるものに変えたことだろう。加えて「イケてる企業、スタートアップ」が利用しているというブランディング、そしてオープンかつネットワーキング的な要素を盛り込んだ点にある。安売りによるマーケティングが横行していたコワーキングスペース市場の中で、WeWorkは相対的に「高級」な価格を提示したにも関わらず職場環境に革新をもたらしたことで世界中で多数の会員を獲得、今なおWeWorkを選ぶ企業は少なくない。

こうした流れが「フィットネスクラブ」業界にも起きている。今「高級ジム」「高級フィットネスクラブ」の代名詞になりつつある米「EQUINOX(イクイノックス)」だ。EQUINOXの現状と戦略を見ていく上で、なぜ同社は顧客を惹き付けるのか、高級ジムの成立要件とはなにか、今後の事業展開を考察していきたい。

通うことがステータス、米高級ジムEQUINOX(イクイノックス)

BRICKELL HEIGHTS店のプール(EQUINOX公式サイト)

EQUINOXは1991年に設立され、米ニューヨークに本社を置いている。店舗はニューヨーク、ワシントン、ボストン、シカゴ、フロリダ、ミシガン、カリフォルニアなどの全米だけでなく、カナダ・イギリスなどアメリカ以外にも出店しており、既に店舗数は106店舗に達している。

海外の報道では「世界で最も会費の高いジムの1つ」とも表現される価格も特徴の1つだ。EQUINOXの1店舗の会員になるためのベーシックな会費は年間2,200ドル(約24万円)が必要となり、全米の店舗に通うプランになると年間3,000ドル(約32万円)を超える。それでも全ての店舗内の施設を使えることにはならず、更に上位の年間5,000ドル(約54万円)を支払うことによって、ようやく全ての店舗、全ての施設が利用可能になる。

同社はハリウッドの俳優や著名人、CEOや弁護士などのエグゼクティブを初め多数の顧客を獲得し、アメリカでは既に「EQUINOXに通う」ことがステータスになっているという。

SEAPORT店のエントランス(EQUINOX公式サイト)

EQUINOXは、WeWork同様「いわゆるフィットネスクラブ」的なデザインを排し、一見フィットネスクラブとは思えないラグジュアリーな内装デザインを実現している。

もちろん内装デザインだけでなく、トレーニング施設も充実しており、トレーニングエリアや室内プール、スタジオなど日本で総合型フィットネスクラブと呼ばれる業態の施設は一通り揃っており、店舗によってはボクシングスタジオやキッズクラブもある。またマシンピラティス専用のスタジオは、EQUINOX店舗の大半に併設されており、あらゆるトレーニングのニーズに対応している。

パーソナルトレーニング業界のリーディングカンパニーとしての一面

ラグジュアリーなデザインや充実したトレーニング設備、高額な会費など表面的な部分に目が向きがちになるEQUINOXだが、パーソナルトレーニングのクオリティが高く、この業界でのリーディングカンパニーとしても一面もある。

EQUINOX店内に掲示されたパーソナルトレーナーカード(撮影:大下雅之)

設立以来20年にわたり、エクイノックス・フィットネス・トレーニング・インスティテュート(Equinox Fitness Training Institute:EFTI)という社内教育プログラムを磨き上げている。このEFTIパーソナルトレーニングコースのカリキュラムには、解剖学、運動生理学、運動生理学、リハビリ後のプロトコルなど専門的な座学や実地のロールプレイングによって構成されており、現場デビュー前には厳しいテストも実施されている。

EQUINOXのパーソナルトレーナーは、現場デビューをしてから更に厳しい競争環境に身を置くこととなる。「1年後に生き残るのは10人に1人」とも噂される厳しい環境の中で、「自分はどういう顧客から好まれるのか」「どういった顧客であれば最大のパフォーマンスを発揮できるか」というように、自分の得意不得意や強みを認識し、営業マンのようにトレーナー自身が顧客に自分を売り込んだ上で結果を出さないと生き残っていけない。

EQUINOXのパーソナルトレーナーを夢見て門を叩くも、現場へのデビューができずに退職していくスタッフがいる一方で、テレビ出演で有名になるスタートレーナーもいるこの環境が同社の競争力の源泉とも言える。

EQUINOXのパーソナルトレーニング部門は多様なポジションによって構成されている
https://careers.equinox.com/about-personal-training

20年以上ブラッシュアップを続けるEFTIパーソナルトレーニングコースによる社内教育プログラムと、現場での競争によって向上したサービス品質の向上によってこの業界のリーディングカンパニーとなったEQUINOX、同社のパーソナルトレーニング部門の上級幹部のほどんどは、内部昇格による現場のパーソナルトレーナー出身者で構成されている。

人材育成ノウハウの厚み、組織的な運用、個々のトレーナーのポテンシャルなどにより提供されるパーソナルトレーニングサービスは、EQUINOXに顧客が惹きつけられる大きな理由となっている。

EQUINOXのブランド戦略:フィットネスクラブの有名ブランドで終わるつもりはない

高額な会費にも関わらず、ラグジュアリーな内装デザイン、充実した店舗設備、高品質なトレーニングサービスによって、エグゼクティブやハリウッドの著名人の多くを惹き付けている同社は、アメリカでは既に「高級ジム」「良いジム」であることを超越し「ステータス化」しており、同社のプレゼンスは上がり続けている。

これは20年以上EQUINOX流のジムサービスを磨き上げた結果ではあるが、同社はこの数年は「意図的に」そういったブランドイメージを構築しており、更に言えば「EQUINOX」というブランドをフィットネスに留まらないブランドに育てようとしていると筆者は考察している。

EQUINOXのブランドメッセージ(EQUINOX公式サイト)

同社は「IT’S NOT FITNESS. IT’S LIFE.」というメッセージを打ち出している。食やライフスタイル、健康などの「非フィットネス領域」への事業展開を見据えた上で「EQUINOX」というブランドが「高級」「高品質」「ラグジュアリー」な証だということを認識させようとしているように思える。

例えば、EQUINOXの公式サイトからは「フィットネスクラブ」的な雰囲気は感じられず、ファッションブランドやセレクトショップのような雰囲気すら漂っている。広告クリエイティブを見れば、同社のブランド戦略への意識を更に垣間見ることができる。

もはやファッションブランドの広告クリエイティブと言っても過言ではないだろう。全米に展開する実店舗への短期的な集客を目的とした広告であれば、おそらくこのクリエイティブにGOは出ないはずだ。

つまり同社のマーケティング戦略のKPIは短期的な店舗集客とは明らかに違う方向、つまり「ブランドイメージの構築」を見ていると捉えるのが妥当だろう。逆説的には「いわゆるフィットネスクラブ的な広告」を打つことが、EQUINOXにとっては「ブランド価値」を毀損することに他ならない、という言い方もできるのである。

EQUINOXブランドでの非フィットネス領域展開、まずはホテル事業に参入

EQUINOX HOTEL公式サイト

同社は2019年7月に「Equinox Hotel New York City Hudson Yards」をオープン、ホテル事業への参入を果たしている。EQUINOXのブランド戦略からすれば当然の取り組みとも言えるだろう。

価格は1泊7万円前後に設定されている。ホテルでは、パーソナルトレーニング、グループフィットネス、プールを利用することができ、今までのホテル内フィットネスのクオリティからはEQUINOXブランドとともに一線を画す強みとなっている。

もちろんホテルの外観・内装デザインもフィットネス事業と同様にラグジュアリーなデザインとなっており、Booking.comの口コミを見ても既に人気のホテルとなっている。

既にヒューストン、ロサンゼルス、シカゴと3拠点のオープンが予定されている。フィットネスに続きホテルでの事業拡大を推進する同社、EQUINOXブランドが今後どこまで広がっていくのか、日本でもEQUINOXのサービスが体験できるのか楽しみに注目していきたい。