インド、中国より巨大な市場
人口10億人を超えるインドと中国、フィットネス含め様々なビジネスプレーヤーが注目する巨大市場。一方、これら2国に続く有望な「次の10億人市場」についてはあまり知られていない。
2060年に世界全体で人口30億人に迫るといわれる「ムスリム市場」のことだ。
米ピュー・リサーチ・センターの推計によると、2015年世界のムスリム人口は17億5000万人だった。国別で見ると、インドネシアが2億1900万人でトップ。次いで、インド1億9400万人、パキスタン1億8400万人、バングラデシュ1億4400万人、ナイジェリア9000万人、エジプト8300万人、イラン7700万人、トルコ7500万人などが続いた。
ムスリム文化圏では出生率が他国に比べ高く、人口は増加傾向。2060年には29億8700万人に増加すると見込まれているのだ。2015年世界で最多のムスリム人口を抱える国はインドネシアだったが、2060年にはインドが首位になる見通し。インド国内のムスリム人口は3億3300万人を超える予想だ。これに、パキスタン2億8300万人、ナイジェリア2億8300万人、インドネシア2億5300万人、バングラデシュ1億8100万人、エジプト1億2400万人と続く。
これらの多くが新興国と呼ばれる国。経済成長率は欧米諸国や日本を上回っており、所得水準も急速に増加、ムスリムの教義や文化に根ざした独自の消費者市場を形成するに至っている。ムスリム文化圏は若年層が多く、購買意欲も旺盛、ソーシャルメディアでは他の文化圏にはないユニークなトレンドが起こることもしばしば。
トムソン・ロイターなどによるムスリム市場レポート「State of the Global Islamic Economy(2018〜19年版)」でも、ムスリム市場の成長可能性が強調されている。それによると、経済セクターごとに見た場合、最大の市場となるのが「イスラム金融」。市場規模は、2017年の2兆4380億ドル(約260兆円)から2023年には3兆8090億ドル(約407兆円)に拡大する見込みだ。次いで、ハラル食品市場が2015年の1兆3030億ドルから2023年には1兆8630億ドル、ハラル旅行が1770億ドルから2740億ドル、モデストファッション(ムスリム向けアパレル)が2700億ドルから3610億ドルなど、どのセクターも顕著に伸びると予想されている。
同レポートでは、ムスリム文化圏の国ごとの成長ドライバーを分析、各国の「Islamic Economy Indicator(ムスリム経済指標)」を算出し、国別のムスリム市場の強さを順位付けしている。
そのランキングによると、ムスリム経済が最も強いとされるのがマレーシア。指標総合スコアは127ポイント。これに、アラブ首長国連邦が89ポイント、バーレーンが65ポイント、サウジアラビアが56ポイント、オマーンが51ポイントと続く。セクター別の指標では、モデストファッションでインドネシアが2位、シンガポールが3位にランクインするなど、東南アジア勢の存在も大きい。
アラブ首長国連邦でもヨガが人気
上記トムソン・ロイターのレポートは、ムスリム市場の概要を知るには役立つが、ムスリム市場全体を網羅できていない点には注意が必要といえる。ムスリムのフィットネス/ウェルネス市場が含まれていないからだ。
グローバル・ウェルネス・インスティテュートによると、世界全体のウェルネス市場は2018年4兆5000億ドル(約480兆円)に上った。このウェルネス市場は10セクターで構成されており、フィットネスやヨガなどの「フィジカルアクティビティ市場」はその1つに含まれる。
このフィジカルアクティビティ市場は世界全体で8280億ドル(約88兆円)。現時点のムスリム人口が18億人で、世界人口78億人のうちの23%を占めるとすると、ムスリムのフィジカルアクティビティ市場は1900億ドル(約20兆円)という計算になる。もちろん欧米諸国の消費水準の高さなどを考慮すると、ムスリムのフィジカルアクティビティ市場規模はこれより小さくなることが考えられるが、それでも無視できない規模であるのは間違いないはず。
こうしたマクロの数字に加え、ムスリム文化圏のフィットネス動向を追っていくと、ムスリムのフィットネス市場の可能性を感じることができる。
インドメディアConnectedToIndia2019年8月26日の記事では、アラブ首長国連邦におけるヨガトレンドについて取り上げている。
インド発祥のヨガはかつて、ヒンドゥー教と結びつけら、ムスリムがヨガを実践することに嫌悪感を持つ保守的なムスリムも多かったといわれている。しかし、ヨガのカジュアル化とグローバル化にともない、ムスリム文化圏においても広く実践者が増えているという。アラブ首長国連邦では、大臣らが「国際ヨガデー」のイベントに出席するだけでなく、ヨガを推奨する旨のスピーチを行ったとのこと。
一方、マレーシアやシンガポールではムスリム女性のフィットネス/ヨガ需要の高まりに応じて、女性専用のスタジオやオンラインクラスが登場している。
シンガポール発のNawal Haddadは、ムスリム女性にフィットネス/ヨガクラスを提供するプラットフォーム。創業者のナワル・アルハダッド氏はムスリム女性であり、ズンバやピロキシング、ヨガのインストラクター経験を持つ人物。同プラットフォームのインストラクターはほぼムスリム女性、肌の露出や男性との接触に厳しいルールが課されるムスリム女性でも、気軽にフィットネスやヨガを実践できる環境を提供している。
2020年以降、このトレンドは北米でも広がるかもしれない。
2020年2月には、カナダ・トロントで北米初といわれるムスリム女性専用ジム「Sister Fit」が登場し話題となった。同ジムでは、ムエタイやイスラムの格闘術クラブ・マガのクラスを提供。創設者のファティマ・リー・ガルシ氏は、フィットネス、健康、強さはもともとイスラム教の重要な要素であったが、長らく失われていると指摘。ムスリム女性のフィットネス、健康、強さを取り戻すべく、同ジムを開設したという。
ムスリム市場におけるフィットネス/ヨガトレンドは始まったばかり。この先さらなる拡大を見せるのは間違いないだろう。